第26話 誰が為に剣を振る

 それは突然だった。昼頃、俺がミカから昨日の続きを聞いている時、大きな揺れと共に悲鳴がそこら中から聞こえだす。


『一体これは……?』


『悪い予想の方が当たったね。行くよ、サクラ、エクス。』


『準備は出来てるさ。』


『出来てるけど、行くってどこに……。』


 何も言わずに出ていくミカ。それに付いていくと、ミカは黙ったまま目的地を指差した───赤黒く染まった空、その原因たる噴火した火山を。

 火山からは溶岩があふれ出し、火山灰や噴出物の類が落ちてくる。それを見た人々が脇目も振らず逃げ出している、と言うわけだ。


『何で……火山が!』


『それを確かめに、と言いたいところだけど。僕の予想がもう一つ当たるだろうから、ここはサクラに任せて僕だけで火山に行くよ。』


 痛むのか、右目を押さえながらミカは言う。ここを任されてもどうしたらいいか分からないんだが。


『予想って、ん!?』


 聞き直そうとしたその時、辺りに轟音が響く。おおよそ人間が出せる声ではなく。ソレは火口から這い出していた。そこから狂ったように叫び声を上げ続けているのだ。


『ドラゴン!?』


『エクス、説明は君に任せて僕は行くよ。いいね?』


『任された。』


 ミカとエクスはこんな異常事態を前に取り乱すことなく分担を決めていく。


『え、ちょっ。』


『サクラ、君がこの都市を守れ。』


 それだけ言い残すとミカは逃げ惑う人々と反対方向、火山へ向けて走っていってしまった。


『おい、エクス。何が何だかなんだけど。』


『一度しか言わないから、質問は無し。ソラの神との戦いに敗れて、神は死んだ。でも、神々は死ぬ寸前にマナへ干渉し、各地のマナの源へ守護獣を配置した。』


『守護神……。』


『彼等と人間が契約する事で、戦争後に荒廃した土地もその輝きを取り戻した。守護獣の大きさや強さはその土地の広さに依る所があるのさ。ここ、アルステルダムはヘファイストス神の守護の元にあった。だから、ここに置かれているのはヘファイストス神の眷属、上級魔法でその端末が召喚される竜。その名をサラマンダー。』


『サラマンダーってあれか。いや、あの時よりもだいぶ大きいし、ゴツくないか?』


 エクスとの修行の序盤で登場した竜、俺はその頭部しか見たことは無いが、遠くに見えるあれは俺の記憶にある竜より大分大きい。まぁ、端末だったからなんだろうけど。


『なぁ、契約してるんならその人が何とか出来るんじゃないのか?それにこの世界には警察みたいなのも居るんだろ?』


 アレを何とかしろと言われてもできる気がしない。

 想像を超えるモンスターを相手に腰が引けつつある俺を呆れたような目で見ながら、エクスが告げる。


『大したことないけど、騎士団もある。けど、それがあるのは街の中心、火山の前。守護獣の暴走は契約が死に瀕しているか、マナを暴走させられた時だけ。大方、騎士団も襲撃にあった後だろうね。つまり、どうにか出来るのは君だけだ、サクラ。』


『……やるしかないって訳か。』


『あのモンスターと戦う、そう考えるから腰が引けるのさ。耳に集中してみて。ねぇ、何が聞こえる?』


『悲鳴。後、助けてって言う声も……。』


 誰か、誰か、助けてくれる誰かを求める声が聞こえる。子供の泣く声が、両親の必死な声が、お年寄りが倒れる、それを若者達が抱き起こし、励ましあって運ぶ、そんな声が聞こえる。この悲壮で必死な声が耳でなり続ける。


『そうだね。じゃあ、考え方を変えるのさ、倒す為に剣を振るんじゃ無い、誰かを守る為に剣を振る、ってね。』


『守る、為に。』


 誰かを失う悲しみ、それは俺が一番分かっているつもりだ。ところが、今みたいな状況で一歩が踏み出せない。


『怖いとか、嫌だとかそういう感情は誰にだってある。でも、勇者はそれを皆には見えないように取り繕って、笑顔を振りまいて戦うものなのさ。君が目指すのはそういう形だよ。』


『エクス、俺』


 行ってくる、そう言って走り出そうとした時、首根っこをエクスに掴まれる。


『何だよ、今行こうと……え?』


『はぁ。君が何度も何度もウジウジ言うのは自分に自信がない、そしてそれを裏付ける成功体験がないからだろう。だから、それを今からつけてきて。』


『えっと、エクス何してんの?』


 エクスの肘の辺りがは 輝き始め、俺の身体が仄かに熱くなる。エクスは俺を仰向けにして担ぐ、まるで槍でも投げる様に。


『それと、何より度胸が足らない!!そのヘナヘナした根性を叩き直す!!行けっ、天上穿つは一陣の光エクスカリバー・ランチ!!!!』


『ちょっ待ってぇぇぇぇ!!!!!!!』


 肘から光が飛び出し、その勢いで俺が射出される。余りの速度に首がねじ曲がりそうになる。どうやら、このまま真っ直ぐに火山へと向かえそうだ。眼下には遠のく事に小さくなっていくエクス。エクスは両手を口元に当て、何かを叫ぶ。


『住民の安全は任せておいて!!』


『ドラゴン退治は任された!!』


 こちらも出来る限りの声で返す。それだけ言うと、俺は暫しの空中旅行へと身を任せた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る