第23話 迫る凶刃

『俺も日ノ本の出身なんだよ。』


 男は確かにそう言った。その事実が本当なら心強い。と、思ったのだが。


『色々聞きてぇこともあんだけどよ、俺もお前も聞かれちゃ困ることがある。だからこの際、お互いの事を聞くのは無しにしようや。』


 それっきり男の方も黙りこんでしまう。自分から出身を聞いておいて余りにも身勝手な男だ。でも、まぁ俺も魔法の事とか話せないし、都合がいいか。


『じゃあ、さっきの服を切った奴の種を教えてもらえませんか。』


『あぁ。それはコイツだ。』


 男は口に咥えていた串を取ってみせる。


『くし……?』


『俺が刀に手ぇ付けたところは小僧も見てたろ。それはあいつらだって見てたはずさ。少しは心得でもあるから近づいてきたんだろうさ。でも、な。俺は左手で刀をくいと持ち上げただけさ。それだけでお前たちの目は刀の方に吸い寄せられた。だから、俺の右手の動きに気が付かなかったんだ。』


『あの一瞬で、それも串でそんなことをやってのけるなんて……。』


 やはり、一般人の類じゃない。今の芸当からはマジシャンのテクニックと似た物を感じる。左手に注目させておいて右手でタネを仕込む。それをいとも簡単にやってのける動きの俊敏さに手先の器用さ、この人の方が敵対したら厄介な人間に違いない。

 俺の驚いた顔に機嫌を良くしたのか、男はすらすらと話し出す。


『何をしても勝ちは勝ち。たとえ、勝負に遅れようと、武器がなんであろうと、だまし討ちでも、な。旦那が言うには、天からのギフト、らしいけどな。』


『魔法ってことですか?』


『いいや。これは俺の実力だ。魔法は俺も旦那に使えって言われてるんだが、はっきり言って性に合わん。この二振りだけで大体の奴は切れる。……そうさな、使えばもっと楽しめる奴と戦うときは使うかもしれねぇな。ははっ!』


 まるでそんなことなどありえないとでも言いたげに笑い飛ばす男。腰に携えた小太刀と大太刀の二振り、つまり二刀流。そして日ノ本。…………まさかな。

 その予想がより深く、確信へと至る前に俺達はミカの工場へと辿り着いた。正しくは知り合いの工場らしいが、まぁそこはいいだろう。


『ミカ、お客さん。』


『やぁ、サクラ帰ってきたんだね。で、そちらがお客様かな?』


『あぁ。この刀を診てくれると有り難い。』


 ミカは男から二振りの刀を受け取ると、真剣


『これは凄いな。………切れ味、重さ、全てに至るまで完璧だ。修理の必要は無さそうだけど、どうされます?』


『そうか。それならいいや。ありがとな。助かったぜ、小僧。』


 そう言って男は俺達へ背を向けて歩いていった。

 その人影が人混みへと消えた頃、ミカが口を開く。


『あの男は只者じゃない。あの刀、完成された武器だった。』


『刃こぼれとかが無いっていうことだよな。』


『それもあるけどね。あれは伝説上の武器に近い、いや、神格化されているというべきかもしれない。あの男の栄誉や名声に合わせてあの刀の強さも定義されたが故の頑強さ。あれを振るえば何だって切れるはず。』


『何だって切れる………。』


 頭に思い浮かぶのは何でも切れる刀を持った和服の男。確かこんにゃくだけは切れなかったっけ………って今はふざけてる場合じゃないか。


『サクラ、あの男は何か言ってなかったかい?』


『仕事があってここに来た、後は旦那?上司がいるみたいだった。』


『そうか……まぁ、手は打ってるし大丈夫かな。さ、中に入ろう。』


『あ、うん。』


 俺はミカの後ろについて工場の中へと戻っていった。


          ◇


『ええと、旦那への連絡はどうするんだったけ。』


 男は路地裏で懐を探り出す。そこに入っていたのは、魔法陣の書かれた紙。それを起動しようとしたその時。


『おい、おっさん。さっきはよくやってくれたな。』


『逃げんじゃねぇぞ、おい。』


『……あぁ、さっきの奴らか。』


 男の両肩に手を回す若い男二人。絶体絶命の状態において、男は笑う。悪意のある笑み、口角はあがり、目は光る────猛獣の如く。


『おい、おっさん何だよこれ、貸せよ。』


『これ、何かの魔法かよ、使おうぜ!』


『…………。』


 片方の若い男が魔法陣の書かれた紙を取り上げると、男へ背を向けて歩き出し、魔力を込めようとした。だが、その腕はびくともしない、なぜならその腕はもう胴体と繋がっていないから。ぽとり。腕の落ちる音がした。


『うわぁ!!!!!!お、俺の腕が!!!』


『おいおっさん!』


 血まみれとなった肩を抑える若い男、もう片方が後ろを振り返り、男へと殴りかかろうとする。しかし────────────。


『二天一流────────鏖殺』


 刹那、細い線が幾本も男に走る。骨すら切り裂かれ、男が居たはずの場所には血だまりさえ残らなかった。

 もう一人の男は、というと。


『あぁん。つまらん、気絶してんじゃねぇか。はぁ。二天一流───────細光。』


 地にひれ伏す男は跡形もなく消え去った。


『はぁぁぁ。つまらん、つまらん、つまらんなぁ。』


 血の一滴すら残されていない刀を手に男は魔法陣を操作する。やがて、空中にウィンドウが現れる。そこに降神星団本部にいる青年が姿を現す。


『おい、旦那。明日仕事を決行するぞ。』


『あぁ。邪魔が入るかもしれないけど、頼りにしてるよ。』


 青年の言葉を聞いた男は、馬鹿にするかのように鼻で笑う。


『はん、旦那は高みの見物かよ。』


『ごめんね。でも、期待しているのは本当だとも。頑張ってくれ─────宮本武蔵。』


『あぁ。任せておけ。』


 そこで男の通信は切れ、男は路地裏を後にするのだった。

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