第22話 剣豪、来たりて

 男は降り立った、アルステルダムへ。二本の刀を携え、確かな足取りで街の中へ入っていく。その顔は凛々しく引き締まり、くぐり抜けてきた死線の数々を思わせる。


『旦那に言われて来たけれど、はたまた何から手を付けたもんかねぇ。』


 薄く髭の生えた顎をさすりながら、男は思考に耽る。

 やがて、男の視線は都市の中央にそびえる火山へと向けられる。


『穏やかな火山を囲んで栄える商人の街、であり金属加工の盛んな都市、か。旦那もあくどい男って訳だな全く。。へふぁいとす、だかなんだか知らねぇが、楽しませてくれるんだろうな?』


 街を歩く男は市場で焼きマンドラゴラを買い、食べながら歩く。


『高名な刀鍛冶ねぇ。』


 焼きまんどらごらを売っていた親父さんが言うには、腕利きの刀鍛冶がこの街に来ているらしい。その刀鍛冶の名前はミカエル。


『確かに最近研いでねぇし、これから大仕事だ。見せとくのも悪かねえ。』


 最後の一口を食べきり、串を咥える。その刀鍛冶がどこに居るのか、それは親父さんも知らないとくる。適当に誰か捕まえるしかない。

 そんな事を考えていると、肩が若い男、二人連れの片方にぶつかってしまう。


『悪い、当たっちまったな。』


 そう言って踵を返そうとするが、肩を掴まれる。


『あぁん?どこ見てんだよおっさん!こいつの肩折れちまってんじゃねぇか!』


『痛え、痛えよ!金、払えよ!』


『なるほど、な。』


 ちょうど何か斬りたいと思ってた所だ。そっちから吹っかけてくれるなら有り難い。男は手を刀へかける。


『何してるんですか!!』


 黒髪の青年が割り込んできたのはそんな瞬間だった。

   

         ◇


カンッ、カンッ、カンッ。


 心地良いリズムで鋼が叩かれていく。ミカの指示に従って、作業用だというゴーレムがハンマーを振る。刀を作る過程の中で一番良く見る光景ではあるが、何故叩くのか、それは知らなかった。理由については叩き始める前、ミカが教えてくれた。


「これから始めるのは鍛錬。鋼を折り返して鍛えることで、不純物を取り除いて、炭素量を均一化させることを目的にする作業なんだ。作業を始めたら僕は喋らなくなるから、外でも見てきなよ。エクスはまだ寝てるし。」


「じゃあ、ちょっとだけ見させてもらってから出るよ。それにしても剣って寝るんだな……。」

 

 工場の奥、ミカが借りた宿で三人は寝る事になった。俺が起きた時、エクスは眠ったままだった。


「ははっ。人型で居るのには魔力を使うからね。消費した分、眠って回復させてるんじゃないかな。」


「そうですか。……そういえば、その魔力とか魔法の原理もよく分かってないんですよね。」


「じゃあ、帰ってきたら僕が教えてあげよう。これから戦う時に知識は必要になるからね。」


 そういうことがあって、俺はしばらくしてから工場を離れた。

 街並みの赤さは都市の中央にある巨大な火山、そこで採られる紅鉄で作られていることが理由らしい。今も活火山ではあるが、守護霊がいるから大丈夫、なんて事をミカは言っていた。もし、噴火でもしたらこの街は……考えるのは止そう。

 やがて漂う何かを焼くような匂い、昨日の焼きマンドラゴラの辺りだ。他の店の匂いも相まって、より濃い匂いが辺りに立ち込めている。そして、聞こえてくる喧騒………喧騒?

 声の元、人々が遠巻きに囲む場所へ辿り着く。そこでは若い男二人と30代くらいの男が一触即発の状態にあった。若い男達は気付いてないが、和服を着た男の方は刀へ手をかけている。流血騒ぎでも起これば、この市場での混乱は免れない。何とか穏便に済ませるべきだ。人並みを掻き分け、前へと飛び出す。


『何してるんですか!!』


『何だお前?』


『邪魔すんなよ、ガキ!』


『そういう問題じゃ…………』


 ガキって、もう19歳なんだけどな。……まだガキか?

 反論しようとした俺を和服の男は手で制す。


『下がってろ、小僧。』


 そして、男は刀を手に呟く。


『…………流────居合』


 確かに見た。男は刀を抜かなかった、はず。だが、若い男達の服は散り散りの糸となり、絶ち消えた。……辛うじてパンツを残して。


『はあ!?』


『何だよ、これ。何なんだよ!』


『あっはっは。急に脱いでどうした?』


 男は笑う、その目に鋭さを残したまま。若い男達はパンイチ姿を周囲に晒され、いてもたっても居られなくなった様だ。彼等はいかにも三下な捨て台詞を残して立ち去る。


『ちっ、覚えてろよ!』


『後悔しやがれー!』


『生憎、覚えは悪くてな。』


 男は逃げるほぼ全裸の男達を眺めながら、にやりと笑う。そして、俺の方へ顔を向ける。


『おい、小僧。みかえるっていう刀鍛冶知ってるか?』


 話を聞けば、ミカエルの事を知ったものの、場所がわからなくて困っていたと言う。そこに俺が現れて、渡りに舟って訳だ。

 

『なぁ、小僧。お前、面白え奴だな。』


『は?』


 何を言ってるんだこの人。ただ黙って歩いてるだけで面白えとかないだろ。


『若えし、見たところそこまで強え訳でもねぇ。でも、その目だ。その目。』


『目?』


『幾度の死線をくぐり抜けてきたみてぇな目をしてやがる。そういう目をした奴は単純な実力を超えた力を発揮するんだ。戦場ではできれば会いたくねぇ。』


『あ、ありがとうございます。』


 今会ってすぐ、目だけで見抜かれた。流石に禁忌魔法の事はバレてないだろうが、何度も死んだ事を見破られるとは思わなかった。この男、何者なんだ……。


『あっはっは。誇れ、この俺が認めたんだ小僧。』


『いや、誰なんだよあんた。』


 知らないおっさんに褒められて誇れる事なんかない。……いや、どこかで見たことあるような。


『俺かぁ?ん、あぁ。旦那にキツく言われてるしなぁ。俺は仕事でここに来たただの剣士って事で宜しく頼む。』


『仕事って、ここモンスターも出ない街中ですよ。』


 街中は守護霊とやらの影響でモンスターが出ない、とミカは言っていた。剣士が役に立つ場面はあるのだろうか。


『ん、まぁ大人には色々あるんだよ。それよりも、だ。お前さん、その装束。せいけん、か。』


『そう、ですけど?』


 俺はこの時、違和感に気づかなかった。当然あるはずの違和感に。


『お前さんも日ノ本出身なのか?』


『え?』


『せいけんって読めるんだろ、それ。』


 。この世界の言語能力は転移時に付与されていたから、困らない。でも、日本語とは違う。読めるし、書けるだけだ。このTシャツが異様なのは、この世界のものでは無い文字で書かれているから。それをこの男は読んで見せた。これは、つまり。


『俺も日ノ本から来たんだよ。同郷のよしみだ、これからもよろしくな小僧。』


 男はきれいに生え揃った歯を見せ、上機嫌に笑った。


『よ、よろしく。』


 同郷から来た転移者の存在、そして遭遇。予想していなかった事態に俺の頭は混乱したまま、工場へと戻ることになった。

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