第21話 鋼を打つ男

  ミカを先頭にアルステルダムの街を歩く。賑やかな市場、笑顔の人々。商人が多いからだろうか、人種や言語も多種多様だ。隣を歩くエクスもチラチラと周りを見渡している。恐らく、周りの視線が気になっているのだろう。俺もだ。


『なぁ、エクス。』


『なんだい、サクラ。』


『俺達めっちゃ見られてないか?』


『見られてるね、めっちゃ。』


 二人して見られた方に視線を向けるが、こちらが見ると逸らされてしまう。


『どうしてか分かる?』


『十中八九、君とミカのTシャツだろうね。』


『あぁ。』


『ミカはあの服でこの辺りをよく歩いてるんだろうから、みんな見慣れてるんだろうけど、そこに同じTシャツの男と可愛い女の子が追加されていたら驚くのも無理ないね。』


『可愛い……女の子?』


 まさか、その姿で外の世界に出てきたのって……。


『サクラも感謝していいよ。私という紅一点がいる事でダサダサブラザーズの社会的地位は保たれているんだから。』


『まぁ、確かに変質者に間違われかねないか……』


 上から目線と嗜虐趣味さえなければ可愛い女の子なんだろうが、そもそも剣だろ。ダサダサブラザーズに女体化した剣の組み合わせの方が不味くないか、そういう疑問は生命が惜しいので黙っておいた。


『サクラ、エクス、ここ、ここ!』


 興奮したミカに手を引っ張られながら進む。ミカが見つけたのは、厳ついおじさんが串を焼いている屋台だった。串焼き自体は珍しくないが、焼いているものに目を引きつけられた。人の顔がついた植物の根、そう形容するしかない何かをおじさんは焼いている。俺達がじっと見つめていることに気づいたのか、おじさんはこちらに話しかけてくる。


『お、鍛冶師の兄ちゃんじゃねぇか!アルステルダム名物焼きマンドラゴラ食べてくかい?』


『マン……ドラゴラ?』


 何か聞いたことがあるような単語がおじさんの口から飛び出すものの、それが何かまでは掴めない。うんうんと唸る俺の頭に思い浮かぶのはパンツのみ。………………パンツ?

 そんな俺に代わってエクスが説明してくれる。


『マンドラゴラは引き抜く時に即死付与の叫びを上げる植物系モンスター。だから、調理は難しいはずなんだけど……。』


 マンドラゴラ。確かにファイナル系ファンタジーで出てきた気がする。確かに引き抜いた時に即死させる叫び声をあげるモンスターを捕まえるのは難しそうだ。


『ん?こりゃ本物じゃねぇよ。マンドラゴラを模した生地の中に米を詰めて焼いてんだよ。見るの初めてか?』


 必死に見つめる俺達を見て、おじさんは笑って真実を明かしてくれる。イカ焼きみたいなものだったのか。というか、米もあるのか異世界。


『どう、気に入った?』


 ミカが俺達二人を覗き込む。


『こんなものがいつの間に……人間も進化したのね…』


『エクス、よだれ垂れてるぞ。』


『こ、これは剣汁さ。』


『余計ヤバそうだろ、何だよ剣汁って。』


『ははっ。おじさん、これ三本ください。』


 ミカは袋から勇者の姿が描かれた銅の硬貨を三枚取り出し、三本の串を受け取る。俺達はおじさんに礼を言ってその場を離れることにした。


『ここで食べようか。』


『ん。』


『おっけ。』


 やって来たのは噴水のある広場。多くの人が集まって賑やかな場所だった。さっそく三人で噴水の脇に腰掛け、焼きマンドラゴラを食べる。これ、咥えた瞬間叫び声とかあげないよな、偽物だもんな。不安にかられながらかぶりつく。


    『『『ん!!!!』』』


 美味しい。もっちりとした生地に包まれた甘じょっぱい味付けの米。焼いているからこそ米の甘みが生地とタレに染み出している。そんな焼きマンドラゴラに夢中になっていた俺を見ながら、ミカは軽い咳払いをする。


『改めまして、僕はミカ。鍛冶師をしながら各地を転々としている者だ。人呼んで希望になる男。』


『まだやってるの、その自己紹介。』


『だってまだ希望になれてないからね。』


 冷たいエクスの突っ込みに笑って返すミカ。その顔に陰りが見えたのは俺の見間違いだったのだろうか。


『希望になる…?』


『うん。例えこの世界に終わりが訪れたとしても、人々が諦めないで済む、そんな希望になりたいんだ。……ゴフッ。』


 どこか遠いところを見ながら語るミカは最後の最後で咳き込み、吐血した。美人薄命はイケメンにも適応されてしまうのか。

 

『吐血なら気にしなくていいさ、サクラ。この男の趣味みたいなものだから。』


『切り捨てすぎだろ……。』


『……ははっ。ゴフッ、いつもの事だから大丈夫だよ。』


 焼きマンドラゴラ食べて会話しただけで血塗れの男が笑う。その格好だとサイコパスにしか見えない。周りの人たちが徐々に離れていく。


『ところで、鍛冶師って本当なんですか?』


『あー、鍛冶師なら各地を転々としててもおかしくないからね。君と同じ系統の魔法使いとしては都合が良いんだ。今、請け負っている仕事が終われば、ここも離れるつもりだしね。』


 同じ系統、ミカも禁忌魔法の使い手ということで間違いない。


『離れて、どうするんですか?』


『仲間を集めるんだよ。』


『仲間。』


『あれ、エクス話してない感じなの?』


『サクラは人の秘密に踏み込みすぎて殺されかけてるからね。私も情報公開はゆっくりにしてたんだ。』


『うっ。』


 思わぬ所から傷を抉られる。確かに軽率に色々聞きすぎていたかもしれない。反省、反省。


『ははっ。そんなことが……そうだね、じゃあ少しだけにしておこう。僕には仲間が居るんだ。エクスの他に、ね。』


『それって。』


 俺が言わんとしていることを察したかのようにミカは頷く。


『うん、5人全員が君や僕と同じ魔法の使い手。僕の大切な親友達さ。』


『でも今はバラバラの所にいるんですよね。』


『そうだね。でも、この街を出たら彼等に会いに行こうと思うんだ。サクラはもうユリアには会ったんだろう?元気だったかい?』


『はい。俺が役に立たないから迷惑かけてばかりでしたけど。』


 ユリアの色々な表情が頭に思い浮かぶ。元気にしているだろうか……。


『……そっか。でも、大丈夫。君が喚ばれた事で僕は動き出したんだ。僕の仲間もきっとそう。君は止まっていた時を動かした、最初の役割を果たしたんだよ。これから、次の役割を果たしていけばいい。』


『ミカ、ちょっと盛り上がりすぎ。まぁ、サクラ。私達はこれから世界を救うために仲間を集める、君がその合図になった。そんな感じさ。』


『ありがとう。全部は分からないけど、俺は俺の役割を果たせるよう頑張るよ。』


 俺の召喚がきっかけ、それがユリアにとっての仲間への合図だった。それだけしかやっていなくても、少しでも役割を果たせて良かったと安心する自分がいる。これから、俺は勇者としての役割を果たせるのだろうか、不安は尽きない。

 暗い空気を一変させるように、ミカが手を叩く。


『よし、そろそろ工場に戻ろうか。出会った記念にサクラに一本、刀を打ってあげたいしね。』


 ミカは串を回収すると、元の道を戻り始めた。


『いいんですか?』


 喜ぶ俺の肩を握りつぶしかねない強さでエクスが掴み、囁く、というか脅す。


『サクラには私がいるから剣は要らないんじゃないか?』


『もしかして、エクス……焼きもちとか…?』


 空気が変わる、エクスの声が冷たくなる。


『サクラ、これは豆知識なんだけど。』

 

『あはは、なんですか。』


『エクスカリバーの威力と規模は調整出来るんだ。だから、君の耳から光を打込んで身体の中をぐちゃぐちゃにかき回せる。これがどういうことから分かる?』


 目を閉じて想像する。上半身から下半身まで一気に寒気が駆け抜ける。嗜虐趣味と再生能力、相性良すぎるのは良くない。

 体内ミックスパーティーの恐怖に怯えながら、俺はミカの後ろに続いた。

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