第19話 受け継ぐもの/受け継がれる意志

 目が覚めればそこは湖面、エクスの前に俺は座っていた。


『帰ってきたんだね、サクラ。』


『おう…。』


 久々にきちんと動く身体だからか、動きがぎこちない。いや、何となく今までの身体とは違う。

 

『違和感、あるんだろう?試してみよう、君の力を。』


『あぁ、来い。』


『設定は今までと同じ、君の所ならここまで走ってきて、私の肩に触れたら君の勝ちだ。ちなみに今回の私は君の再生速度を知っているからね、本気で行く。』


『俺だって伊達に死にまくった訳じゃない。勝たせてもらう。』


 クラウチングスタートの形をとる。身体の感覚は筋力面に関しては同じ、なら直線上で進むのが効率的だ。エクスが本気になるレベル、俺の再生力と精神力を信じるしかない。決意と共に俺は地面を蹴った。


『光槍』


『ぐっ!』


 エクスの声と共に俺の足元から光の槍が飛び出し、俺の足を貫く。鋭い痛み、でも耐えられる。勢い良く足を引き抜く。溢れる血は少なく、足も塞がりつつあった。想像以上に再生が早い、これなら何とかなりそうだ。


『光よ、ここに。』


 エクスの手元に光が集まり始める。その神々しさに気を取られつつ、走る。


『我が名、勇者の誉れを冠する名、その名を以て敵を殲滅せん、

その剣、人々を護る決意の形エクスカリバー!!』


 目の前が一面光に覆われる。皮膚が焼ける、肉が溶ける。再生し始める場所が焼かれて、やがて再生しなくなる。それでも、ゆっくりと一歩、また一歩と進んでいく。伸ばした手は先から灼かれてゆく。逃れる術は無く、俺はただ無様な姿を晒しながら歩くだけ。薄れそうになる意識を必死に繋ぎ止める。確か前にもこんな光の中で…………


『約束……次会う時には俺、勇者になってますから。』


『うん、約束。』


 ある筈の無い記憶、その断片が蘇る。誰かとの約束、そして涙。どうやら無責任な約束を俺はしていたらしい。それを覚えて無いなんて、お笑い草だ。俺が視た勇者は俺よりも強くて、勇敢で、そして諦めなかった。どんなに不利な状況でも笑って解決していた、例え心が痛くても。彼女の後を継ごうとする俺が彼女に劣っていて良いはずが無い。あの絶望的な敵に立ち向かった彼女、その崇高な意志を引き継ぐのならその覚悟を見せなければならない。


『はぁぁぁぁぁぁ!!!!』


 俺は、光で焼かれて原形が無くなりつつある首を引き千切り、頭を遥か上を目掛けてぶん投げた。首は光に焼かれながら、その範囲を抜ける。その頃には小さな肉塊になっていたが。

 再生能力、死んでも再生するというのなら、どれだけ小さな肉塊になろうと、例え細胞一つでも元に戻れるはず。現に光を抜けた小さな肉塊は拳大までに成長していた。でも、遅い。そろそろエクスに気づかれる。次は消し炭にされかねない。

 焦る俺の頭の中に声が響いた。聞いたことのある声、優しく諭すように囁く。


『能力の強さは想いの力、君の信念を叫べ』


 答えは出ない。それでも今やるべきことをやるしかない。心の中で叫ぶ。


 俺は、俺の信念は─────


『俺の前で、もう誰も傷つけさせない。皆を護りきれる勇者に、俺はなる、なってみせる!!』


 身体が熱くなるのを感じる。全身の感覚が戻ってくる。拳大の肉塊は一瞬にして全身を取り戻した。眼下に見えるのはエクス、彼女もこちらに気がついた。すぐさま手刀を構え、もう一度極光を繰り出す。


『後一歩だったね、エクスカリバーッ!』 


 さっきの縦薙ぎとは異なり、今度は横薙ぎ。それでもやる事は同じ、このままエクス目掛けて落ちるだけ。想いの強さで打ち勝つ──


『いや、もう一歩踏み出すさ、再起するは想いの力エクスカリバー!!』


 焼ける速度をやがて再生する速度が上回り始める。微々たる差、それでも進んでいける。


『おりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!』


 血塗れの身体が光を抜ける。俺はそのままエクスへと突っ込んだ。

 エクスに俺が覆い被さるような状態の中、エクスが両手を上げる。顔が赤い気がするのは気のせいだろうか。


『あいたたた、負け負け私の負けだよ。』


『はぁ、はぁ、勝った……………………。』


 そのままへなへなと座り込む。その頃にはかけていた身体も戻りつつあった。


『無事、精神と肉体のシンクロに成功したんだね。これでもう私から教えることは無い。行っておいで。』


 そう言いながら、エクスは背後に現れた扉を指差す。


『ようやく卒業って訳かぁ。』


 一体どれだけここに居たのかは分からない。ここが浦島太郎時空で無いことを祈るばかりだ。


『勇者の死を見続けて正気を保った君ならきっと勇者なれるさ。聖剣のお墨付き、だよ。』


『ははっ、ありがとう。なぁ、勇者って結局……むぐっ。』


 結局どうなったのか。それを聞こうとした口はエクスの指で押さえられる。


『乙女の秘密はそう易易と暴いて良いものじゃ無いよ。君はそれを学んで、ここに来たんじゃないのかい?』


『はぁ、そうだった。まだ、知るべき時じゃ無いってことだな。』


 意地悪そうに笑ったエクスは俺の言葉に頷く。


『そうだよ。これからの旅で分かることもある。それに私も付いていくからね、その時が来たら教えてあげるよ。』


『……その姿で?』


 ゴスロリ少女とTシャツ男、特殊なコンビ過ぎないだろうか。というか、剣の形態が主体なんじゃないのか。


『もちろん。あの扉は導きの門と言って勇者に行くべき場所を示す門なんだ。あれを通ると、君の運命が強く惹かれる場所へと辿り着く。いわばランダムテレポート。』


『いやいや、それとその格好とどんな関係があるんだよ。』


『ランダムだけど、私には何となくどこへ行くのか分かるんだ。だから、こっちの姿の方が良い。君もきっと私に感謝する筈さ。』


『どうゆうことだよ…………』


 ゴスロリ以外違法の国とかじゃない限り大丈夫だろ、とは思いつつ、俺はドアノブを握る。


『覚悟はいいね。』


『もちろん。』


 俺は思いっきりドアノブを握り、扉の向こうへ一歩を踏み出した。




【勇者になりますか? はい・いいえ】



【はい】



────────結城桜は勇者を継承する。

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