第18話 ALIVE OR ALIVE

深い深い青の中、精神が溶けていく。気がついた時には草原にいた。ただの草原じゃない、黒い草原。俺がいる追憶世界には黒と白以外の色が存在しなかった。そして、俺の身体も俺じゃない。全身が黒いもやに覆われていて、具体的な形がはっきりとしないが、これが恐らく前任者の身体に違いない。手にはやはりエクスカリバーを模した黒い剣が握られていた。


 風がそよぐ音がした。軽快な音と共に現れるのはスライム。身体が勝手に動く、スライムとの戦闘が始まった。


(自分で戦う訳じゃないってのも変な感じだ。)


 口に出したつもりの声が外に出る事はない。これは記録、介入する余地などないのだ。

 その後難なくスライムを倒すと、場所がら切り替わる。今度は森、目の前に現れるのはゴブリンの群れ。


         ◇


 結局俺の前任者は強く、序盤の方のモンスターには少しの傷をつけられただけだった。どういう設定にしてあるのか、痛みに関してだけは俺にも与えられる。まぁ、ここまではそんなに対した敵でもないし、身のこなしを学ぶだけだった。

 だが、問題はここからだった。場所はダンジョンの中、町、城、森、空、山、海、とどんどん変化していき、それにそって敵も強くなっていく。無傷で勝てる事が少なくなっていき、やがて死んだ。


斬られて死んだ


焼かれて死んだ


刺されて死んだ


抉られて死んだ


割られて死んだ


叩かれて死んだ


潰されて死んだ


殴られて死んだ


撃たれて死んだ


噛まれて死んだ


射られて死んだ


喰われて死んだ


流されて死んだ


視られて死んだ


吊られて死んだ


埋められて死んだ


狂わされて死んだ


腐らされて死んだ


毒を盛られて死んだ


凍らされて死んだ


血を抜かれて死んだ


溶かされて死んだ


締められて死んだ


沈められて死んだ


死んだ、死んだ、死んだ、死んだ、死んだ、死んだ、死んだ、死んだ、死んだ、死んだ、死んだ、死んだ、死んだ、死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ

死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死────────


 数多の死の果てに俺はに出会った。ソラに浮かぶ人の形をしている人で無い何か。まさしく神の如き輝きを持つもの。俺の前任者はこの化け物に殺され続けた。今までに感じた何よりも深く、鋭く、そして熱い攻撃。近づくだけで皮膚は焼かれて、骨も残らない。死と再生の無限ループ。何百、何千と殺される中で徐々に再生の方が上回り始める。やがて、焼かれても身体が残るようになり、ソレの首元に手が届く──────いや、届かされたというべきか。触れた途端ソレの口元は歪み、俺の前任者の中へと入ってくる。その瞬間、身体が動きを止めた。


(何が一体、どうなって……………………)


 そこからは更に地獄だった。身体の自由が効かないまま、身体の中をいじられる感覚。死ぬことは無いが、精神が何度も、何度も、何度も侵食される。恐らく乗っ取ろうとしている、それが分かった所で痛みと死しか分かち合えない俺には何もできない。心が黒く、黒く、黒く、黒く、黒く染められていく。

俺もだんだんその黒さに囚われていく。


 何とかしないトナントカシナイと、ニゲナキャ、ぁぁぁあぁぁぁあ、あぁ、ぁあ、ぁぁぁあぁぁぁあ、死、死、死、死、死、死、死死、死、死、死、死、死、死、死、死、死、死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死────────べけさ をなのそ そのれらわ うよいた れたきれたき しせんりうこ ふんぐるい むぐるうなくとぅぐあ ふぉまるはうと んがあ・ぐあ なふるたぐん いあ! くとぅぐあ ぁぁぁあぁぁぁあ、ぁぁぁあぁぁぁあぁぁぁあぁぁぁあ!


 ソレは太陽ではない、ソレはもっとおぞましい何か、ソレは──────


 壊れゆく精神の中、前任者は手に持ったエクスカリバーへ何かを込める。俺もそこへ引き込まれ、剣の中に取り込まれる。間一髪、もう少しあの中にいれば死んでいたかもしれない。

 そして、最後の力を振り絞り、地上へ向けて射出した。その勢いで勇者とソレは更に上へと飛んでいく。

 遥か上空から落ちていく中、俺の前任者を見上げる。おそらく、ここまでがエクスの記録。黒いモヤで正確には見えなかったが、最後まで望みを捨てない、あきらめない、そんな勇者たる勇者だった。そして、あれが勇者を殺した神、降神星団が信仰するもの。あんなものに勝てる筈がない…………………失意と共に、俺の精神はぷつりと切れた。



 

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