第17話 DEAD OR DEAD

不思議な感覚。腹から上はふっ飛ばされて無くなった筈なのに、そこからまた生えてくる感覚がある。そしてしばらく経って全身の再生が完了した。

 エクスは待ちくたびれたのか、椅子に座っている。椅子の赤さがエクスの金髪をより引き立て、その退屈そうな顔に威厳を持たせている。


『ほら、遅い。元に戻るまで1時間、これでは役に立たないよ。』


『そんなにかかってたのかよ。』


『で、どうだった?再生は。』


『何か変な感じだよな、再生って。頭が無いのに思考が出来たりするし。』


『それがどういう感覚なのか、私には分からない。再生魔法を会得した者の身体は人間のメカニズムからはずれてるだろうから。』


 そう言うと、エクスは椅子から立ち上がる。そして虚空を掴み、杖を取り出す。なんてことのない木の杖。それを俺に向ける。


『さぁ、訓練再開!杖があるからね、連射も出来るよ。』


『まだ1発でくたばってんだけど……。』


『君の場所からここまで50m、私の所まで辿り着けたら、この訓練は終わり。それまで精々死に給え。』


 目と鼻の先にいるエクス。だが、そこまで魔法を受けて再生しながら進むのは簡単じゃない。再生でくしゃくしゃになった髪をかきあげながら立ち上がる。


『ふっ、こう見えて………』


『おや、足に自信があるのかな?』


『走るのは速くない。』


『逆に君のどこが速そうに見えるのか、聞きたいくらいだよ。』


 気分を変えるためにふざけてみたんだが、より空気が冷たくなった気がする。エクスが展開し始めた氷系の魔法のせいだけじゃない。


『よし、行くぜ!』


『せいぜい、頑張って。アイス・バーン』


 エクスが杖で地面を叩く。ぶつかった場所から波紋は広がり、一瞬にして湖面が凍る。当然、俺の足元も凍る訳で。駆け出した俺の右足は湖面を滑り、頭から転倒した。


『ったぁ………。』


『早く立ったほうがいいと思うよ。アイス・ウェーブ!』


 さらにもう一突き。凍った湖面が氷柱のように変形し、波のようにこちらへ近づいてくる。避けなければ死ぬ。


『追討ちかよ!』


『戦場で敵が復帰を待ってくれることなんてないよ、余程のこだわりでもない限り。』


 攻撃は幅はあるが、直線上。咄嗟に身を翻し、氷柱を避ける。先端が肩をかすり、血が溢れる。着地した先でエクスと向き合う。どうする、どうしたら近づける。


『これは避ける練習じゃないよ。アイス・メテオ!』


『へ?』


 気づけば足元に自分よりも大きな影、見上げれば確かに隕石大の氷塊が………………。


『はぁ、はぁ、はぁ。』


『どうかな、圧死する感覚は。』


『あー、最悪だよ。』


 そう言いながら、ようやく再生を終えた頭を押さえる。頭上に現れた氷塊、そんな物を避けられる筈もなく、俺の頭は踏まれたトマトのように中身を吐き出した。


『潰されるのは痛みを伴う、魔法による破壊よりも、ね。とりあえず、痛みに慣れること。それが最優先、次、行くよ。』


『来い…!』


 走り出す前に覚悟を決める。直線上が無理なら、迂回しつつ、近づくしかない。


『次は、そうだね………イビル・サンダー!』


 またしても頭上に術式が展開される。前へ受け身を取りながら回避、見れば俺が元いた場所からは白い煙が上がっていた。名前からして恐らく……


『エレクトロ・ショット!』


 突き出された杖から閃光が奔る。想像通り、電撃系。死ぬことは無い、その安心から俺は電流を手の平で受け止めた。


『…………………。』


『止まったね、心臓。』


『…………………。』


『さて、どうしようか。このまま鍛えて精神が持つか……時間もかかる……。』


『はぁっ、はぁっ、また死んでたのかよ俺。』


 次なる攻撃が……身構えた俺の前でエクスはまた椅子に座り、思案顔。黙っているだけでも意味有りげに見える顔は得だな。

 やがて、何か思いついたかのように笑顔で手を打った。


『作業効率を上げよう。』


『えっとそれは一体……』


『このまま殺して、再生してを繰り返してたらいつまで経っても終わらない。だから、君の精神と肉体を分けて鍛えるのさ。』


『意味不明なんだけど。』


 肉体と精神を分ける、エクスは簡単に言ってのけた。

 そういえば俺はここがどこか知らない。肉体と精神を分けるなら、俺のこの身体は実体ということになる。普通こういうのって精神世界、とかなんじゃないのか。

 俺のそんな疑問を見透かしたかのようにエクスは口を開く。


『ここは私、エクスカリバーの中。私の契約者だけが来られる場所、そして私と君の前任者の旅の記録を残す場所だ。』


『前任者ってまさか。』


『そうだよ。君より前に再生魔法を会得した勇者のことだ。これから君には彼女の死を追体験してもらう。』


『それって結構危なくない?』


 当然、とばかりに頷くエクス。倫理観をどこかに置いてきたんだろうか。何十年もの死を一気に浴びて無事でいられる気がしない。


『そうだね。帰ってきた時には廃人になってるかもしれない。』


『簡単に言うなよな……』


『でも、早いよ。君には猶予があるかもしれないけど、ユリア達にその猶予があるとは限らない。勇者の引いたレールを歩くのは危険だし、君のプライドもあるかもしれない。なら、彼女が止まった先のレールを君が引け。君が勇者を超えろ。今、君が最優先すべきもの、その為になることを選んだ方がいい。』


『…………やる。俺の精神を鍛えてくれ。』


『ふふ。そういう所がよく似てる。……じゃあ、行くよ。』


 嬉しそうに笑ったエクスは杖をしまい、俺の目の前まで歩いてくる。そして、俺の胸に手を当て、詠唱を始める。


『門よ、開け。』


 湖面にヒビが入る。


『ここに来たるは、かの英雄、その決意を紡ぐもの、その想いを受け継ぐもの。』


 湖面がヒビ割れる。


『全てをここに、世界を知るは湖の剣エクスカリバー・ストックルーム。行ってらっしゃい、サクラ。』


 最後の言葉と共に、身体が湖に沈む。いや、湖面に身体が見えている。恐らく、湖面が割れたように見えたのも錯覚、精神だけが分離されたのだろう。深い深い青の中、俺の死への旅が始まった。

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