第15話 知は力なり

 静かな湖の上、俺は授業を受けていた。


『今の君に足りないものが何か分かるかな?』


『え、力とか?』


『そうだね。君は雑魚だ。』


『はっきり言うじゃん。』


『当たり前さ。君は弱い、体力、筋力、そして何より知識が足らない。』


『確かにそうだけど。』


 その目に同情の気はなく、俺も事実を受けいれるしかない。


『筋力や体力はすぐに付くものでもないし、それを私が教えることは難しいんだ。そっちに関しては私よりも適任がいるからね。だから、私は君の知識を鍛える。』


『よろしくお願いします。』


『素直でよろしい。じゃあ君は魔法についてどこまで知ってるのかな?』


『魔法陣と詠唱で出る……とか?』


 結局、魔法が使えるようになったわけでもないしな。魔法の出し方とかてんで分からない。

 エクスは両手を肩のとこにやり、やれやれと言ったように微笑を浮かべる。妙に人間めいた動きを覚えてるんだな、剣なのに。


『それじゃあ、実際に見せてあげるよ。これが初級魔法。見栄えが良いのはやっぱり火炎魔法かな。』


 エクスが空気を掴むように軽く手を一回転させると、そこに小さな火が浮かび上がる。


『おぉ。』


『この程度で驚いてると、後々しんどいよ?』


 不敵に笑い、その口から八重歯を覗かせる。


『次が中級魔法。普通の人間は詠唱がいるんだろうけどね、私は要らないのさ。』


 得意げにかざした手の平に、エクスの顔くらいの小さな赤い魔法陣が浮かぶ。


『フレイム!!』


 魔法陣から飛び出した炎はうねり、捻れながら10m先まで進み、そこで燃え上がった。

軽く熱風に煽られ、頬に汗が滲む。


『これで中級かよ……。』


『怖気づいたのなら、やめてもいいよ。次はもっとすごいから。』


『別に俺に向けられてるわけでもないし、楽しんでるよ。』


 意地悪そうにこちらを覗くエクスに気圧されまいと強がるが、正直ちょっと怖い。、


『そうかぁ。じゃあ、上級魔法体験ツアーバインド&テレポート!!』


『はぁ!?』


 エクスの口からちらりと舌が見えたと同時に、俺はさっき燃え上がっていた場所に投げ出される。ご丁寧に縄で拘束までされて。


『なに、ちょっと灰になるだけだから。』


『え、嘘だよな?』


 俺の質問には答えず、エクスは右手を空に向かって伸ばし、もう片方の手はだらりと下げる。そして目を閉じ、詠唱を始めた。


『我が名、我が魔力に応えよ。』


『これ、解けないんだけど!』


『炎の竜、常世全てを燃やす災害。』


『おい、エクス、おいって!』


『我にその力の一端を貸し給え。』


『……………。』


 諦めてエクスの魔法を見る。エクスの掲げた右手の上、空中に半径2mぐらいの円が浮かぶ。それが炎を纏い始める。その炎が中心に到達した時、エクスは目を開く。


『サラマンダー!!!!』


 魔法陣から赤い鱗に覆われた竜が姿を現す。頭だけをこちらに見せる竜は、俺めがけて口を開き、赤く燃え上がる炎を放射した──


         ◇


『あっつ、あっつ……熱くない?』


 目を開けると、炎は既に消え去っていた。身体も異常な………


『今、服を戻してあげるからちょっと待ってて。』


『いやいやいや、なんで俺全裸になってんの?』


 俺は全裸になっていた。着ていた服、ルティアに胸の部分を貫かれたTシャツは消え、あられもない姿を晒していた。


『はぁ。立ち上がらないでくれ、エクスカリバーはこの場に一本で十分だ。えいっと。』


『下ネタ言うタイプなんだな。意外、っと!』


 俺の裸を見ても眉一つ動かさないエクス、彼女が指を振ると、俺に服が着せられる。真っ白な生地に大きく筆で「聖剣」と書かれているTシャツが。


『なにこれ。』


『何なんだろうね。』


 エクスの適当な相槌、彼女の趣味じゃないらしい。もちろん、俺の趣味でもない。土産物屋で売ってそうな雰囲気、でもこれなら中学生は木刀の方を選ぶに違いない。下はなんてことない普通の黒いズボンで助かった。


『これを着ろと。』


『それ以外に服は持ってないんだよ。その趣味の悪さは作った本人にでも聞いてくれ。』


『誰なんだよ、それ……。』


『まぁ、裸よりはいいでしょ。』


『そうだけど……って忘れてた。何で俺の服だけ燃えたんだ?』


 炎が当たったとき、確かに熱を感じた。でも、気づけば燃えたのは服だけ。辻褄が合わない。

 エクスは俺の問いに、口元に指を当てて振りつつ訂正する。


『違う、そうじゃない。君は燃えたけど、再生した。服は君の身体じゃないから再生出来なかっただけだよ。』


『再生……?』


 そういえば、胸に空いてた穴も今は塞がっている。それが再生のおかげ……?


『君は覚えてないだろうけど、私と契約した。その時に私のもつ魔法を君にも使えるようにしたんだ。』


『いつの間に、そんな契約を……まぁいいや、その魔法って何なんだ?』


『人によって呼び方は異なるけれど、多くの人はこう呼ぶ。禁忌魔法No.1───再生と。』


 禁忌、どこかで聞いたフレーズ。それよりもその魔法を俺が使える、その衝撃の方が大きかった。危険な香りがする。禁忌の類は大体等価交換を迫られるんだ、創作の中でしか見たことないけど。


『それで、それをどうしろって言うんだ?』


『この力を手にした以上、君は自他共に認める化け物の仲間入り。これから、その力の使い方を教えていくよ。さぁ、席に戻ろうか。』


『………了解。』


 俺が気付かない間に事態は深く、日の当たらない場所へと進行しつつあった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る