第13話 深淵を覗く覚悟
地上に戻って来た俺達はもと来た道を戻り始めていた。
『それじゃあ、ギルドに報告しに行きましょ。』
『………………。』
『なぁ、ユリア。』
『どうしたの?』
ゆらゆらと揺れる白い髪が右に流され、横顔が見える。
『ここって、もっと緑が無かったか?』
『あったわ。少なくとも来た時はね。』
『そうか。』
足元に生えていた草木、ダンジョンに近いものはほとんど死に絶えていた。さっきのマナの暴走が原因で間違いない。残された荒れ果てた地、嫌な記憶が頭を過る。それを見ない振りをしながら黙って歩く。帰る道は来た道よりも長く感じられた。
◇
ギルドに事の次第を伝えた俺達は報酬を貰い、初依頼達成祝いに1杯やることにした。依頼達成になったのは、魔物の増加も降神星団が関わっていると推測付けられたかららしい。机の上にはトツゲキウサギの唐揚げ、後は野菜やら飲み物が並んでいる。
『やっぱり飲むならミルクが1番よね。』
口元に白い髭をつけながらユリアはにこやかに笑う。
『元気だな、全く。』
『…………。』
それとは対照的にレイもルティアも黙ったままだった。
それで、俺はと言えば。酒も飲めないし、ミルクの類も飲めない、ということで水を飲んでいる。変に味が付いてないのが水のいいところだ。美味い。
『これからどうするか、後で家に帰ってから決めましょ。あ、もう一杯お願いできる?』
まだ飲むのか。牛乳なんてそんなに飲む物でもない気がするんだが。
更に髭を濃くするユリアに呆れながら、水を口に運ぶ。すると、隣のテーブルの会話が聞こえてきた。自分のテーブルで話題を提供する気も技量も無い俺はその男2人の会話へ耳を傾けた。
『おい、タクヤ。お前のズボン、デケェ穴空いてんぞ。』
『え、嘘だろ。この服昨日買ったばっかりなんだぞ!』
『いや、お前のダサいパンツも見えてるし。』
『は?シンゴ!このマンドラゴラパンツのどこがダサいんだよ、言ってみろ!』
『やべぇくらいダセェよ。誰のニーズに合わせてんだよ、そのデザイン。』
『そりゃ、俺だろ。まぁ、確かに?99%OFFで買ったけどな?デザインは気に入ってんだよ。』
『在庫処分セールじゃねぇか……。』
『お前も絶対気に入るデザインがあるって。俺がこのパンツ買った店、今から連れて行ってやるよ。』
『いや、その前にズボンの穴を何とかしろ。ほら、塞ぎに行くぞ。』
そこまで致命的なセンスなら逆に見たくなる。立ち去る男たちの後ろ姿へ目を向ける。確かに片方の男のズボンにはありえないレベルの穴が空いていた。そこから、マンドラゴラが串に刺さって焼かれている謎デザインのパンツと、男の地肌が覗く。穴から見えるのは中身、中身?何か閃いた気がしたが、焼きマンドラゴラが頭から離れない。何で焼いてるんだよ、パンツに焼いた物のデザインを選ぶセンスはどうかしてる。
『サクラ?何ぼーっとしてるの?そろそろ、行くわよ。』
『ん、あーおっけ。行こう。』
結局、男のパンツから何が閃いたのか分からないまま、俺は冒険者ギルドを去った。
◇
赤い陽が沈み始めた頃、俺、ユリア、ルティアの3人はテーブルに座っていた。
『これから私たちがどうするのか、誰か意見ある?』
『余たちはあの小娘を追うべきだと思うぞ。のう、サクラ?』
『俺もそう思う。他の場所でも同じ事を繰り返す気なら止めないと。』
人が住めなくなる、そんな土地を見るのは御免だ。
そう言うとユリアは片手を頭に当て、やれやれといった風にため息をつく。
『はぁ。それは私もそうなんだけど。連携も取れてない、仲間も少ない今、一組織相手に喧嘩ふっかけて勝てるビジョンが浮かばないのよ。』
『それは、其方が本気を出さぬのも1つの要因であろう?試しに其方の冒険者カード、余に見せるがよい。そこに──』
『それを言うなら貴方達もよ。私のことを詮索する前に貴方達の冒険者カードの方も見せてもらっていいかしら?』
続く言葉は語気を強めたユリアによって遮られる。確かにユリアは冒険者カードを俺と一緒に作らなかったし、それを見たことはない。でも、それが本気とどう繋がってくるのか。
『……………………。』
『……………………。』
気まずい沈黙。冷たい空気に暖かい室内でも凍える思いがする。
『なぁ、今日は一旦お開きにしないか?』
『そうね、私は部屋に戻るわ。』
感情を殺した顔でユリアは部屋から出ていく。その様子を見た頃にルティアも立ち上がる。
『では、余もゆこう。』
『待ってくれ。』
その声にルティアは興味なさげに振り向いた。
『何じゃ?』
『レイのことで聞きたいことがあるんだ。』
『ほう。』
『レイは──』
テレポートの時に感じた違和感、そして冒険者ギルドで会った男たち、それがたった今結びついた。その結論を口に出した俺の目に禍々しい何かが目に入る。それは竜化したルティアの腕だった。
『1つ、良いことを教えてやろう。』
腕は時が経てば経つほどより黒いオーラを纏い始める。その腕を握っては開き、握っては開きを繰り返し、久々の動作の様に確認をする。
『え?』
いきなりの話に俺の動作は止まる。
『人の過去、秘めたる想いに踏み込もうとするのなら、それなりの覚悟が必要じゃ。それこそ、死を覚悟する、な。』
ぐしゃり。何かが崩れる音がする。ぱちゃん。何かが破裂する音がする。どくん。何かが溢れだす感覚。目を下に向ければ、胸にルティアの腕が突き刺さっていた。身体は熱く、思考は働かない。
『な……んで……。』
聞いても意味の無いこと、理由はさっきルティア自身の口から出ていた。それでも、咄嗟に出たのはこの一言だった。
『其方には覚悟が足りぬ。それだけじゃ。』
言い終わると、ルティアは腕を引き抜いた。胸に一迅の風が吹き、俺は床に倒れ込んだ。最後の力を振り絞り、ルティアを見上げる。ルティアもまた俺を見下ろしていた。
『余は人間が嫌いじゃ。じゃが、あの阿呆が認めた奴、故に余は力を貸すことにした。それが期待外れも良い所じゃ。あやつ、こやつの記憶でも弄りおったのか?まぁ、それでも情けはかけぬが。こほん。何故、貴様が勇者の剣を持つのか、ユリアはどうして貴様を召喚したのか、なぜ冒険者カードを見せなかったのか、貴様が過去を話さないのはなぜか、なぜ貴様の心は壊れておるのか、貴様はなぜ戦うのか、貴様とユリアにも踏み込まれたくない過去や秘めたる想いがあるはずじゃ。人の心は形が無いくせに壊れやすい。そこに踏み込む上で衝突や決別、そして死が避けられぬ時もある。そうなる覚悟もせずに興味本位で暴こうとするなど、言語道断。どうじゃ、人の心を壊さずにすんでよかったであろう。良い、安らかに死ぬことを許す。』
『あっ…………あっ…………しにたく……』
意識が朦朧とする。こちらへの興味を失ったように見下すルティアの姿を最後に、俺の身体は冷たくなった。
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