第12話 躍動する闇
視界が無くなったのは一瞬で、すぐに転移は完了した。着いたのは地下の大空洞。ダンジョンの最深部、とかだろうか。そして、目の前には長い階段、そしてその頂上には巨大な丸い岩が置かれていた。
『ここは……?』
『この辺りのマナの供給源、水道で言うところの元栓ね。』
『おっけ、分からん。』
(其方ら、あそこじゃ。)
レイが指した先、丸い岩石の前に一人の少女が立っていた。真っ白な服を縛るように付いた幾本もの黒いベルト、口元につけられたマスク、と全身を拘束具で包んでおり、異質な雰囲気を醸し出していた。少女は何かを岩に向かって唱えると、そのまま踵を返し、階下の俺達と目があった。
『あら、万が一にも小蝿が入らないようにちゃんと戸締まりしたはずなのに。どうして、どうして、どうしてなのかしら?ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ!ねぇ!ねぇ!?』
少女は一段、また一段と降りてくる。
『俺達も依頼でここに来たんだよ。』
『そうね。そう、当然だわ。貴方達は冒険者、私は使徒。交わらないものだけど、すれ違うことはあるものね。』
『あなた、ここで何をしてたの?』
少女は階段の中腹、踊り場の辺りで立ち止まる。どうやら、そこから転移しようとしていたらしい。だが、ユリアの問いで魔法陣の展開を止める。
『あら、まだ会話を続ける気?』
『そのマナの源に何をしたの。』
『あなた、つまらないことを聞くのね。…………貴方達、一人減ったかしら?』
ハッと目を見開いた少女の背後にはレイが迫っていた。レイが少女の頭上から剣を振り下ろすが、すんでの所で避けられる。少女の長い灰色の髪が数本、宙を舞う。いつの間にあそこまで移動していたのか。思考を許す隙も無く、レイは少女へと斬撃を加えていく。
『………………ッ!!!!』
『速い、速い、速いのね貴方。でも、私も速いもの。目的は果たしたの、暇つぶしにはちょうどいいわ。』
目にも止まらぬ速さで繰り出される斬撃の合間を縫って、少女がレイに迫る。見惚れていた俺だったが、肩を叩かれ、正気に戻る。
『援護するわよ。』
『おっけ。具体的には?』
『サクラ、あそこまで跳ばすわ。』
『えっ、ちょっまっ』
『テレポート!!』
一瞬の内に俺は階段の中腹、レイと少女の頭上2mに来ていた。いきなり現れた俺の影に少女の動きが止まる。それをレイは逃さなかった。近間で振れない剣を捨てると、握りしめた拳を少女の腹へと叩き込んだ。少女はそのまま階段の反対側へ激突する。
『やったか……ってやってるわけないよな。』
(うむ、あやつの身体はそうやわでは無い。)
『知ってんのか、ルティア?』
(しっ。あやつ、仕掛けてくるぞ。)
土煙が晴れ、少女が立ち上がる。近くで見ると、よりその装いの異様さが目を引く。白い服を縛るベルトには赤い回路が引かれ、胸の辺りには赤く光る心臓大の宝石が埋め込まれていた。マスクの向こうの口は笑い、目は俺達をしっかりと見据えている。
『強いのね。楽しい、楽しい、楽しいわ。』
『君は何者なんだ?』
少女は予定外の言葉だったのか、目を丸くして首を傾げる。
『貴方、会話好きなのね。でも、生命のやり取りに会話は必要あるのかしら?そんな暇があるなら、私の後ろの騎士さんみたいに殺しに来なさいな。』
『……………ッ』
俺が話す間にレイは少女の後ろへまわり、剣を振り下ろした。それを後ろを見ずに避け、剣先分の間合いを取るために後退する。
が、しかしその身体はレイが突き出した槍に取られ、バランスを失う。持ち替えた、いや、剣が槍に変わった。
『………何っ、何なの貴方!』
『竜蹄』
冷たい声、俺が初めて聞いたレイの声は、右腕に黒い影を纏わせ、少女へと追い討ちをかけようとする時の言葉だった。やがて、黒い影は形を巨大な竜の足へと変えていく。それが迫るのを見た少女は口を歪め、そして呟いた。
『狂いなさい、ロンギヌス』
少女はそう言うと身体を回転させ、レイの攻撃を受け流し、レイの鎧兜めがけて左足で回し蹴りを繰り出した。刺すような一撃、少女の足は異様な形へと変貌を遂げていた。それは人間の足ではなく赤黒い槍。少女の左足はロンギヌスの槍へと形を変え、レイに喰らいついた。レイの兜が脱げかけるが彼女はそれに構わず、少女の腰にタックルを仕掛け、腰をホールドし抱える。そして、階段から空中へと跳んだ。
『破砕』
『面白いことするのね。』
そのまま、二人は地面へと墜落する筈だが、少女は微笑んでいた。
『いいわ。地獄へ道連れなのね。ふふ、でも残念。死ぬのは貴方だけ。喰らいなさい、グングニル』
詠唱と共にレイが抱きかかえる少女の身体、拘束服が裂け、中から大量の槍が飛び出した。何十本と現れたそれは全て後ろのレイへと突き刺さる。レイの鎧の先から槍先が飛び出す。
『レイ!!』
エクスカリバー、今から間に合うか?自分の役立たず感を実感したのも束の間、二人の様子に変化が訪れる。全身を貫かれたレイがそれでもなお少女を拘束して離さない。
『返品』
『なっ!』
突如としてレイの身体からも数本の黒い槍が飛び出し、少女を貫抜いていく。普通の人間なら死んでいそうな一撃だが、両者一切そうした気配を見せない。そして、そのまま地面へと墜落した。俺も墜落地点へ走り出そうとしたが、それは叶わなかった。祭壇が大きく揺れ始めたからだ。振り返るとマナの源である岩がひび割れ、中から光が覗いているのが見えた。
『これは一体何なんだ?』
『あの子はマナの源を暴走させて、壊そうとしてるのよ。』
『おわっ!今まで何してたんだよ、ユリア。』
何もしてなかった俺が言うのも何だが、こいつは一体何をしていたのか。
『色々よ、色々。それよりも今はこれ、何とかするわよ。』
『あんたはここで私の背中を守りなさい。』
『ルティアとレイの方はいいのかよ?』
『そっちはさっきの衝撃で取り逃がしたわ。多分、暴走したら強制転移するように設定してたみたいね。でも、どこかで見てる可能性はある。下はレイたちが見てるから、サクラはここよ。』
『おっけ。暗示して作業してくれ。』
『ふふっ、頑張って。』
何がおかしいのかユリアは噴き出し、収まった後、詠唱を開始した。入る時と同じ様に時計の魔法陣が現れる。
『この世の理、触れたる禁忌、我が力を保って万物は在るべき姿へ還る。
ひび割れた岩石が修復されていく。数分で元通りになったものに触れ、ユリアは仕事を終える。
『終わったわ。帰りましょうか。』
『お疲れ様。なぁ、マナの源が暴走したらどうなるんだ?』
マナとか魔法とかいまいち理屈が理解できないんだよな。
『言ったでしょ。マナの源は水道の元栓、ここからこの辺りの地域にマナが供給されて、食物が育ったり、人が魔法を使えたりするのよ。だから、それが暴走するとこの辺りの環境はめちゃくちゃ、人が住めない地域になったっておかしくないのよ。』
『でも、これで元通りになったんだし、大丈夫だよな?』
『私の魔法は完璧じゃないから、もうすでに地上にも影響が出てるはずよ。』
『そんな……。』
『まぁ、そんな大したことじゃないわよ。』
(話は終わりか?余はそろそろ眠いのじゃが。)
階段から頂上までレイが登ってきていた。その鎧は先の攻撃で穴だらけになった筈だったが、何故かほとんど塞がっていた。
『レイとルティアもお疲れ。じゃ、帰るわ。テレポート!』
転移の光の中、明るくなった世界で俺はたまたまレイへと視線を向ける。鎧のちょうど脇腹辺りの穴から先の景色が明るくなって見える。見えた鎧の内側の景色に違和感を抱きながら、俺は地上へと戻った。
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