第10話 竜と契約者
『起きよ。』
バシッ。何かが俺の身体を叩く。鞭のような、それでいて柔らかい何か。
『起きよ、と言っておろう。』
バシッバシッ。二回連続、流石に痛い。次来たら捕まえよう、そう意気込んで次の一撃を待ち受ける。
『よい。余の前で未だに狸寝入りを決め込むその胆力、気に入った。次は余の爪で腹を抉ってやろうぞ。くっくっく。』
その声と共に腹に冷たい感触が来る。
『ギブ、ギブです。起きてます!』
『はぁ、つまらん。そのまま臓腑を引きずり出してやろうかと思うておったのに。』
『えぇっと………誰?』
俺が眠っていたのは洋館の一室、何個かの椅子の上、そして隣には謎の美少女。紫の髪の分け目から生えた黒い角に、指から伸びる長い爪、背後で揺れ動く尻尾が只者では無いと証明している。鱗で覆われた尻尾はまるで竜。竜…………?
『よく聞いた。余の名は─────じゃ。聴こえたか?』
『いや、全く。』
肝心の名前の部分は全く聞き取ることが出来ない。前にもこんな事があった、そんな気がする。思い出せないけど。
『よい。其方もまだまだということじゃ。余の名は、あれでよい。狂竜、とやらだ。』
『狂竜!?鎧に入ってたあの?』
身長もそれほど高くない。160と少し位、あの鎧は180位はあった。こんな少女に動かせるものだろうか。
『そうじゃが、そうではない。余だけでは無く、余たちが狂竜じゃからな。』
『それはどういう……』
その問いは扉が開く音で遮られる。向こうには鍋を手にしたユリアが立っていた。
『サクラ、起きたのね!良かったぁ。シチュー作ってきたの、みんなで食べましょう。』
『確かに良い香り……じゃなくて。何でこうなったの、ここは何処!』
何でそんな順応出来てるんだよ。黒くてゴツい鎧から、一人称余で人外系の女の子が出てきてるのに驚かなかったのか。
『きゃんきゃん、うるさいのぉ。其方は余たちと戦って気を失った。それをそこの娘と余たちの家まで運んできたと言うわけじゃ。』
『………なるほど。それは、どうもありがとうございます。』
『うむ。よいよい。余も久々に滾った、まさか余たちに一撃入れようとはな。』
『あの、さっきから「余たち」って言ってるけど。』
『む、そうだった。まぁ、見ておれ。』
そう言うと少女は座っていた椅子から立ち上がり、口ずさむ。
『
少女の目は蒼く光り、背後に魔法陣が展開する。陰陽太極図を模したそれは一回転し、少女を呑み込んだ。その後には漆黒の鎧、まさしく狂竜が残されていた。
『…………。』
『…………。』
またしてもデジャヴ。気まずい沈黙。
『……………………。』
『ユ、ユリア、どうしたらいい、ここから。』
『まだサクラは魔力の質とかよく分からないだろうけど、その娘、一人じゃないわよ。』
『一人じゃないって……?』
『さっきの黒い子と誰かの2人が合わさったのが目の前の黒騎士ってこと。そうよね?』
ユリアが投げかけた質問に狂竜はサムズアップすると、魔法陣を展開し、元の姿へ戻った。
『詳しい話は出来ぬが、余とレイが共存する形で余たちは存在しておる。この姿は余、騎士の姿はレイ、2つの姿を持つのが余たちじゃ。』
頭の中でカードリッジで変身するヒーローが思い浮かぶ。二重人格でないなら、この想像が近いだろう。
思い悩む俺を差し置いて、ユリアが少女へと尋ねる。
『で、そのレイって子は出てこないのかしら?』
『むむむ。あやつは「コストの無駄」とか駄々をこねて出で来ぬのじゃ。』
『そっか、残念。せっかく会ってみたかったのに。』
『余たちはぱーてぃーを組むのだろう?ならばその内出てこよう。あやつはただ人とのコミュニケーションが億劫になっておるだけだからな。』
そんな怠惰な理由で身体を空け渡しているのか。まぁ、その内会えるならいいか。パーティーを組んだ時に…………っ、そういえば勝負のこと忘れてた。
『あの……勝負ってどうなりましたか?』
『さっき言ったであろう、良いものを見たと。あれだけ出来るならよい、見込みがある。余たちも其方らの旅、同行しよう。』
『良かったぁ……。』
大事なとこで気を失っていたが、なんとか上手く行ったみたいで助かった。
『それじゃあ、シチュー食べましょうか。』
『おう。』
『うむ。』
ユリアの声がけで俺達は椅子から離れ、同じリビングのテーブルへと腰掛ける。並べられたシチューは白く、実に美味しそうな匂いを漂わせている。
『そういえば、レイさんは食べなくて良いのか?』
『うむ。たまには食べる筈、その時には自然と出てくるであろう。』
『じゃあ、いただきます。』
『いただきます。』
『いただき……ます、じゃな。』
木のスプーンで皿から掬い、口に運ぶ。入っている野菜は日本にあるものの色違いに近い。人参は黄色へ、じゃがいもは赤へ、玉ねぎはピンクに変わっている。肉の色は、変わってないな。
『美味しい。』
口に含んだ時に広がるとろみと甘さ、ダマは無く野菜が上手くソースと絡み、パンと一緒に食べたら、絶対に美味しい。今、無いのが悔やまれる。今度市場で探してみようか。
『よいな、ここまで美味しいのは久々じゃ。』
『ありがと。結構、料理は得意な方なのよ。ふふん。』
軍服ワンピースにピンクのエプロン、見た目は独創的なスタイルでも料理には影響が無いらしい。毎日、飲みたい味。いや、毎日シチューはキツイか。
『んっ!?』
歯が何かを噛み砕いた感覚、それも硬い。そっと口から出すと、何かの種だった。
『どうかした?』
『いいや、何でもないよ。ごちそうさま。』
俺が知る限りシチューに種を入れるのは聞いたことがない。でも、異世界は別。何らかのスパイスで入れてくれているのかもしれない。その気遣いを無駄には出来ない。
『ごちそうさま、じゃな。』
『そう。それなら良いけど。私もごちそうさまっ。』
俺は種の残りを口に入れ、噛み砕いた。
美味しい料理に舌鼓を打ちつつ、夜はふける。俺の疑念も翌朝にはすっかり消え去っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます