第7話 少年は朝に消える【前編】

日課のトレーニングを終えて、夜を迎えた。今までと同じ様に眠る。

瞼を開き、身体を起こす。目の前に広がるのは見慣れた光景。夜空と花畑、そしてそこに立つお姉さん。


『夜はぐっすり眠れた?』


『そりゃもう、ばっちり。』


『それは良かった。それじゃあ、始めようか。』


お姉さんは右足を後ろに下げ、半身に構える。


『その前に一つ聞いてもいいですか。』


『もちろん、いいよ。何?』


 柔らかい口調とは裏腹にしっかりと構えたままのお姉さん。今すぐにでも始めたいところだが、今日はまだ聞くべきことがある。


『あなたは何者なんですか?』


『最強可愛いお姉ちゃんだよ。』


『そういうのは良いですから。』


『それを知って何かになるのかな?』


その言葉は鋭さを持って俺に突き刺さった。


『もしかして、お姉さんが勇……』


出そうとした言葉は、お姉さんから向けられた圧で遮られる。剣を構え、1歩踏み込んだだけ、そんな何の変哲もない動作、だが存在がより強く、重くなったように感じられた。


『私から1本取ったら教えてあげるよ。』


ごちゃごちゃ言わずかかってこい、ということらしい。


『サクラ、行きますっ!!』


『ん、始めよう。』


使い慣れた剣を握って駆ける。一歩、また一歩と踏み込んでいく。お姉さんに近づけば近づくほど額に汗が滲む。彼女は剣を構えたまま、動いていない。

間合いの半歩手前から飛び込み、振りかぶった剣を打ち込む。頭に向けて振り下ろした剣がお姉さんに当たることは無かった。剣が当たる直前、お姉さんは剣先を少し下げ、一歩退いたからだ。引き抜かれて下がった剣により、私の振り下ろした剣のぶつかる相手が無くなり、地面に打ちつける。そして、砕けた。剣は中間位からポッキリと折れてしまっている。

剣は空振りし、俺は無防備な姿をお姉さんの前に晒す。その機を逃すことなく、一歩退いていたお姉さんはその勢いのまま前に飛び、剣を振り下ろした。直撃すれば意識を失う、そんな危機感で身体を無理やり捻って回避する。流石に上手く受け身は取れず、地面を転がる。


『よく避けたね。』


『そりゃ、どうも!』


『何かやってたんでしょ。鍛えた身体をしてたし。』


『それはお姉さんが1本取れたら教えてあげます!!』


『言うようになったね、お姉ちゃん嬉しい!』


そう言うと、お姉さんは私に向かって跳躍した。こちらに近づいてくる彼女を見据えつつ、折れた剣を構える。そして、間合いに入った時、左手で剣を真っ直ぐ前に出し、突きを放つ。避けられない程の間合いで放った一撃。折れた剣の使い道はこれしかない。がお姉さんは地面を蹴り、身体を翻して躱した。躱された俺の突きは空を切り、身体は前に伸びきる。お姉さんはそんな俺の首元に剣の柄頭を打ち込む。何とか、顎と肩の顎に挟んで受け止めるが、お留守になった右半身に蹴りを入れられて、地面に倒れ込む。


『動きもだんだん良くなってるね。これで終わりじゃないでしょ?もっと見せて。』


『もちろん、度肝を抜かしてやりますよ。』


 口では何とでも言えるが、息は荒く、身体の痛みはひいていない。このまま普通に戦っても、地面に転がされるのがオチだろう。実力が伴わないなら、お姉さんの思いつかない方法で攻撃するしかない、俺だけの方法で。生憎と今思いつくのは1つしかない。それに全てを賭けるしか無さそうだ。

剣を打ち込み、お姉さんの剣と競り合う。単純な腕力の差で押し返される。お姉さんが剣を振り切り、鍔迫り合いから離れる瞬間が俺の勝機。押し返され、後退しつつ体を前傾姿勢に。後ろに伸ばした足でしっかりと地面を踏みしめ、拳を構える。そして剣を上に投げ、柄頭を拳で穿つ。

 ほぼゼロ距離、高速で放たれた突きに為すすべも無いように見えた。だが、お姉さんは素早く剣を回転させると、俺の剣の先端目掛けて突きを放った。

 突きと突きのぶつかり合い。威力だけなら、勢いをつけて放った俺も負けていなかったはず。しかし、折れていた面に徐々にヒビが入り、剣は砕けさり、支えを失ったお姉さんの突きがそのまま俺に突き刺さった。


『威力もアイデアも申し分なかったね。もう少しでお姉ちゃんも一撃喰らうところだったよー。』


『………………。』


 声が出ない。喉にでも突き刺さったのだろう、涙が出てくる。


『今の一撃を喰らって大丈夫な訳無いんだし、ここで終わろうか。さーちゃんはよく頑張ったよ。』


『…………ま…………だ。』


声が出始める。まだ終われない、負けられないと心が叫んでいる。あの時の後悔、この世界でも何の成果も得られないじゃ、帰れない。どれだけボロボロになろうが、一撃入れるまでは終われない。悲鳴を上げる身体を抑えて立ち上がる。


『まだ終われない……ユリアのためにも。』


『どうしてそこで彼女が出てくるの?キミとユリアはまだ出会って間もないはず。』


『その通りです。俺はユリアのことをほとんど知らない。でも、知っていることが一つあるんです。それは、ユリアが誰かを大切に想う気持ち。あの真剣な目にはそれがこもっていた。大切な人を失うのは、二度と会えないのは悲しいことです。俺はこれ以上目の前でそんな悲しみに暮れる人を見るのは懲り懲りなんですよ。だから、俺は頑張れるんです。』


言葉があふれ出してくる。災害で家族を失ったあの日、決めたのだ。大切な人を失わないために全力を尽くすと。


『なるほど。キミの覚悟、然と伝わった。ここで決着といこう。いでよ、聖剣。』


 手に持っていた剣を消すと、輝ける剣を手にした。名を言わずとも分かる聖剣。師匠はその剣を掲げ、名を口にした。


『エクスカリバー。キミの覚悟に敬意を評してこの剣を抜かせてもらうよ。』


『やっぱりこの世界、ファンタジーだったんですね。』


『それだけ軽口が叩けるならまだ大丈夫そうだねっ!!』


 お姉さんはエクスカリバーを構え、一瞬の内に私の前に移動し、その剣を振り下ろした。私を先頭に激しい光の熱量で焼き払われる。防御すら意味を成さない広範囲の攻撃。身体が吹き飛ばされて地面を転がる。熱さと痛みで意識が朦朧とする。


 俺はまた何も出来ないまま終わるのか

 ――――嫌だ。


 俺はまた何も守れないのか

 ――――嫌だ。


『ユウキ サクラ、君は勇者になる覚悟はあるか?あるならば掴め、引き抜け、勇者の証たる我を───────!』


 声がした。優しく、力強い声。その声に、その声の主に近づこうと、聖剣から放たれた極光の中を進む。不思議と身体が痛くない。全身が光に包まれている。その勢いに任せ、駆け出す。 やがて、俺の身体は極光を抜けた。そしてその手にはお姉さんと同じ、輝ける剣があった。それを勢い良く振り下ろす。


『これが、俺の覚悟だっ!!!!』


 まさか極光を抜けきると思わなかったのか、後ろに退こうとするお姉さんに対し、距離を詰め、その胸当に剣を打ち込んだ。空気さえ焼くような光が全身を包み込んだ。

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