第6話 朝と共に勇者は消える

朝、目覚めても記憶にもやはかかっていなかった。でも起きてきたユリアにわざわざ話す気にはなれなかった。これは俺の問題、努力してる所を見せるなんてカッコ悪い、そう思ってしまう性分のせいだ。

ボサボサの白髪をそのままにして、ユリアが起き上がる。


『サクラって、早起きよね。』


『ん、おはよ。』


『うん。おはよう。』


一瞬、ユリアの顔が強張ったように見えた。だが、それもすぐに無くなる。

ユリアは空中に手をかざすと、何やら唱え始める。


『ウォータースプラッシュ。』


『うぉっ!?』


うねる水流がユリアの手先から飛び出す。それは空中に留まり、噴水の形をとる。


『水、出しとくから。顔洗いなさい。後、歯磨きとかも、はい。』


『ありがと。』


どこから出したのか、既にユリアの手には1つのコップが握られていた。その中から歯ブラシと歯磨きを取り出す。歯ブラシだけでなく、歯磨きも日本のものに似ている。表面には怪盗の格好をした少女がデザインされていた。この世界のヒーローか何かなのか?


『それじゃあ、行くわよ。』


『おう。』


支度を済ませ、俺達はまた街へと繰り出した。


『毎度ありがとうございました!』


『ん、頑張れよ坊主。』


朝から昼までは冒険者ギルド内のレストランでアルバイト。昼に賄いも出るし、戦わずして且つ冒険者として活動するなら、ここが一番便利だ。横で制服姿に身を包んだユリアもビールを運んでいる。

昼からは日が暮れるまでひたすらにトレーニング。初日より少しきつくなったが、あのお姉さんに負けている俺に手を抜くという選択肢はなかった。これでも長い間武道を続けてきた身、ブランクはすぐに取り戻せるはず。昨日よりも必死に取り組む俺をユリアは不思議そうに眺めていた。

眠りにつけば、見慣れた花畑にお姉さん。起きても寝ても花畑、夢と現実が揺らぎはじめてきた。が、今夜もまた訓練が始まる。昨日よりも動きはマシになっている、でもそれは微々たるもの。昨日より立ち上がれた回数が一、二回多いだけ。一本も取れないまま、俺の身体は傷ついていく。

 ボロボロになって意識を失えば、また花畑の上で目覚めて次の朝を迎える。相変わらず身体に傷は残っていない。それを確認してまた昨日よりも必死にトレーニングに取り組む。努力の量でお姉さんに及ぶはずがない。でも、努力しなければまぐれでも一撃は届かない。起きている間に、木の棒で素振りもする様になった。そして、また訓練の夜を迎える。

 剣を振る姿勢は更に良くなった。前傾姿勢で且つ重心を保って移動、相手の中心から剣先を外さず、一歩で跳ぶ。それに構わずお姉さんは突っ込んで来て、拳を叩きこんでくる。上段の構えを使ってみたこともあった。お姉さんとの身長差があるわけでも無く、近い間合いに入って来られた時の対応ができずに吹き飛ばされた。気合が足らないのかと、声を出しながらやった日もあった。声を出すと、気合いが入るのと同時に緊張も高まり、全身に力が入り過ぎた。その状態で素早いお姉さんの動きに対応できるはずもなく、何もできないまま意識をとばされた。負けて、負けて、負けて、負けて、負けて、負けて。何度も訓練を繰り返して、上手い受け身の取り方も分かってきた。それでも立ち上がる回数が増えただけ。俺の刃は届かない。

そんな敗北の念を抱えたまま、俺は運命の七日目を迎えた。


朝、冒険者ギルドへ向かう途中でガレスに出会う。手に持つ紙を見たところ、これからクエストにでも行くみたいだ。確か、ガレスはパーティーを組んでいた。他のメンバー待ちといった所か。俺もユリアに先に行っておいてと急かされて1人。雑談でもして待つか。


『ガレス、おはよう。』


『……っ!』


こちらを向いていなかったガレスは俺の言葉を聞き、信じられない、とでも言うような目つきでこちらを見た。その目からは敵意さえ感じる。そして、その手は腰の剣に伸びている。だが、俺に気づくと緊張を緩ませた。


『どうしたんだ?そんな怖い顔して。』


『おい、サクラ。今の言葉、わざとか?』


『いや、朝はおはようっていうんじゃ……』


そういえば、ユリアから俺の言語発言、認識能力がどうなっているのか聞いていない。もしかして、おはようってここでは差別用語とかなのか。そうではない事ぐらい、ここに来てからの会話でわかる。


『そうだな。大昔はそうだったらしい。でも、今は違う。サクラ、お前どこ出身なんだ?』


『ええっと…………。』


『はぁ。まぁいいか。冒険者なんて素性が不確かな奴等の集まりだしな。それにお前は悪い奴じゃ無い、俺の勘がそう言ってる。』


『あ、ありがとう。』


俺はどうやら良い人に巡り会えたらしい。これが他の人なら、切り殺されていたかもしれない。


『じゃ、聞いてさきか?これも昔話だ。いや、これはこの前のとは違って事実で、今も皆が知る伝説だ。』


『うん。』


神妙な顔つきになるガレスに頷きかえす。


『昔、1人の勇者がいた。それはそれは強い勇者で異種族間の仲を取り持ち、やがて魔王と人間さえも和解させた。』


『すごい……。』


『皆、彼女を希望にしていた。これから平和な世になる、そう信じていた。そんな時だった、宙が降りてきたのは。』


『そら?』


『その辺の表現やらはぼかされててよく分からん。けど、ソレは常軌を逸した強さの生命体だったらしい。』


『生命体、か。』


少し前に見た地球外生命体の映画を思い出す。彼等もまた人類を恐ろしい強さで屠っていた。そんなモノが落ちてこようものならどんなに恐怖するか。


『当然の流れで勇者を筆頭に討伐、いや防衛隊が組まれた。そして死闘を繰り広げた結果、人類が勝利した。』


『ハッピーエンド、じゃないんだよな。』


『相討ちで勇者が消えた。そして問題はソレを始末できた訳じゃないこと。』


『死ななかったのか?』


『その辺もよく分からん。封印した、とか、追い返した、とか色々あるけど生きてるのは確からしい。』


『それで、おはようを言っちゃいけないのはどうしてなんだ?』


ガレスは周りを確認すると、声を落として話し始める。


『当時、そこに居合わせて今も生きてるのは長命種くらいだ。そいつらが言うにはソレは宙、太陽を操る神だと。』


『太陽を操る……。』


『だから人々は太陽、そして朝を恐れるようになった。だから、「おはよう」なんて、朝を祝うような言葉は言わない。まぁ、今はそれくらいで、後は平気に過ごしてるけどな。でもな、中には「おはよう」を言う人間もいる。』


『なんでさ?』


『魔王軍は人間と和解した後、この事件の後暫くして滅ぼされる。』


『人間に?』


勇者が居なくなって国内が不安定になった事も考えられる。そう言うと、ガレスは首を横に振る。


『いや、そうじゃない。事件の後、その圧倒的な力、世界の終焉に魅せられた者達が結成した結社、降神星団によって滅ぼされた。彼等の目的は世界の終焉、その為に信者を増やし続けてる。まぁ、今まではこれといった動きも無かったし、都市伝説レベルだったんだが、最近になって動きが見られるようになったらしい。』


『太陽を恐れる人と崇める人がいる、か。これから、挨拶には気をつける。ありがとう、ガレス。』


『全く、世話がやけるな兄弟。俺も喋りすぎた。そろそろ行くわ。』


『お互い頑張ろうぜ。』


『おう。』


突き出した拳にガレスの拳が触れ、俺達は互いの目的地へ歩き出した。

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