第5話 訓練と訓練と訓練

流石にずっと引きずられている訳にも行かない。吹けば飛ぶような意志で立ち上がって、着いたのが草原。門と壁に囲まれた街から出てすぐ、他の冒険者達の姿もちらほら見える。


『さ、始めましょう。』


『魔法の練習?』


『いいえ。まずはステータスの底上げからやるの。だから、走る。』


『走る……ってどこを?』


『そうね、街の外周を軽く一周。そこから体力が尽きて倒れるまで走るの。』


『マジ?』


『まじよ、まじ。』


街って言ってもそんなちっぽけな物じゃない。一周だけでも疲れそうなんだが。


『はぁ。』


『もう、しょうがないわね。』


『ん!?』


ユリアは俺の右側に回ると、背伸びをして囁いた。


『努力できる人ってかっこいいなぁ……。』


『俺に任せろ。』


地面を蹴り、走り出した。やっぱり可愛い。正直、耳がとろけそうだった。ここまで言われて、いや大したこと言われてないのに勝手に張り切ってしまうのが陰キャの悪い癖だ。

しばらく走る。見える景色は相変わらずの草原、小動物みたいなモンスターばかり。まぁ、今の俺じゃそいつ等さえも倒せないんだろうけど。走る距離が伸びるにつれて頭の中が空になってくる。こういう時は大抵昔のことを思い出す。あの日もこうして────。


『はぁ。はぁ。ふぅ。限界……!』


走り終えて草原き寝そべる。空から射す太陽の光が心地良い。


『とりあえず一周は走りきったのね。感心、感心。』


『じゃあこれからもう何周かするのか?』


『今日はいいわ。その代わり、筋トレをするの。』


『筋トレ?』


『そうね、プランク、スクワット、レッグレイズ、ヒンズープッシュアップ、ツイストクランチ、サイドレイズ辺りをやるわよ。』


『いきなり、そんなにやるのはちょっと…』


『まぁ、最初からとばしていくのも良くないし、今日はプランクとスクワット、レッグレイズ辺りをやって見せるわ。まずはプランクから。うつ伏せになって、上体を起こして。この時、腕の角度を90度に保ちなさい。ほら、私も一緒にやってあげるから。』


 言われた通りにうつ伏せから腕を90度に保ち、上体のみを起こす。身体に当たる草が少しこそばゆい。


『足はつま先立ちで、前を向いて。で、この体勢を30秒キープ。これを二回繰り返しましょうか。』


『ふっ……くっ…………うっうっ……。』


 貧相な下半身の筋肉が震える感じがする。想像よりもだいぶんきつい、30秒が永劫に感じられる。体幹を鍛えるときといい、30秒がいつもより長く感じられる現象は一体何なのだろうか。そんなことを考えつつ、次の30秒もなんとか乗り切った。


『次はスクワット、足は肩幅よりも広めに開いて、ゆっくり腰を下げる。地面と太ももが平行になったら、そこで2秒維持。それを15回繰り返すのを2セットやりましょうか。』


『…………っつ、はぁ。』


『ほら、お尻を下げるんじゃなくて腰を下げる。ちゃんとやらないと意味ないわよ。』


『分かってるけど、結構きつ……い。』


 2秒維持がかなり身体に響く。さっきと違って両腕で身体を支えていないから集中していなければ姿勢が崩れてしまう。


『はい、スクワットも終わり。最後はレッグレイズね。』


『最後も説明よろしく。』


 太ももがピクピクして震えてそのまま座っている俺と違ってユリアはかなり元気そうだ。


『まずは仰向けの状態で寝る。そこから両足を浮かせて、地面から10cmほどの高さをキープ。そこから息をゆっくり吐きながら、脚をゆっくり上げて45°を超えないくらいの高さで、5秒キープする。息をゆっくり吐きながら、脚をゆっくり下げていく、これを15回×2セットしましょうか。』


『これは意外に楽?……いや、そんなことないわ、くっ……ふぅ。』


『ちょっと足が下がってるわよ、ちゃんと45度を保ちなさいな。』


『はーい。』


 上げていくのは何の痛みも無かった。だが、45度でキープはキツイ。最初のプランクで震えていた筋肉たちがまた酷使されている気がする。何度も繰り返していると頭が真っ白になってくる。こんなトレーニングも久々だな。無我の境地に辿り着きつつ、なんとかトレーニングは終了した。


『やっと、やっと終わったぁ。』


『これをこれから毎日、続けていくの。』


『…………おっけー。』


気付けば夕方、それから冒険者ギルドに戻り食事と風呂を済ませ、昨日と同じように花畑へとテレポートする。お金は全てユリアが出してくれた。やはり、この世界の住人のようだ。


『異世界にも風呂、あったんだな。』


『そりゃあるわよ、風呂くらい。』


『後はここにベッドがあれば……』


『そんなのしなくてもふかふかでしょ、ここ。』


『あぁ、確かに。』


言われてみれば、確かに地面は柔らかく、心地よい眠りを誘発する。


『おやすみなさい。』


『ん、おやすみ。』


意識は深い所まで落ちていった。


『起きて、さーちゃん。』


『起きてますよ、お姉さん。』


これは恐らく夢の中。だから起きてる、訳じゃないが、他にいい例えも思いつかない。というか、さーちゃんになったのか、呼び名。


『さぁ、さーちゃん。剣を握って。』


『えっ?』


起きてすぐ、木刀が手渡される。同じ物がお姉さんの腰にもある。鍛えてくれるっていうのはもしかして


『稽古だよー。稽古。』


『やっぱり………。』


ブランクを取り戻せてない今、素人以外に俺の剣術は通用しないだろう。その心配をよそにお姉さんは話し始める。


『頭で覚えるより、まずは身体で覚えるの。だから、これからの一週間は試合稽古。お姉さんから一本取ってみて。それが出来たら、ご褒美、あげちゃう♡』


『はぁ、分かりました。』


 この間みた身体つきを見れば、俺が敵わないなんてことは当然分かる。でも、一本なら何とかなる、そんな甘い考えがこの時の俺にはあったんだ。


『さぁ、構えて。稽古開始だよ。お姉ちゃん、最初は剣、使わないから。』


『…………。』


 言われた通り、剣を構える。構えろ、といった当人は左手を前、右手を後ろに身体を開いて構えている。腰に刺してある剣は使うつもりは無いらしい。俺の目が剣に集中しているのに気づいたのか、お姉さんは口を開く。


『さーちゃん、この剣欲しいの?二刀流?』


『いえ、結構です!!』


 俺はお姉さんに向かって走り出し、思い切り握りしめた剣を振り下ろした。


『おっそーい。』


 短い一言と共に、振り下ろした剣は左拳で軌道を逸らされ、体勢を崩した俺に右手からボディーブローが撃ち込まれる。俺はそのまま身体を支えられずに転がる。


「がっ、ぐほっ、はぁ、はぁ。」


 夢なら痛みを感じたら覚めるんじゃないのか。現実と錯覚する程の痛み。考えるまでも無いが、やはりこのお姉さん、只者じゃない。


『右手に力を入れすぎだよ。もっと左手を軸にして握らないと。』


『もう、もう一度っ!!』


 まだふらつく身体を支えて立ち上がる。お姉さんに教わった通り、今度は左手に力を込めて握る。そしてもう一度お姉さんに向かって走り、振り下ろす。


『持ち方はマシになったかも。』


 振り下ろした剣にむけて師匠は拳を撃ち込んだ。真っ直ぐに放たれた拳は当然、剣諸共俺を吹き飛ばした。

 半分に折れた剣と地面に転がりながら、お姉さんの教えを聞く。


『持ち方は良くなったけど、戦法が一緒。ちゃんと構えてる相手に馬鹿みたいに突撃してたらいつまでも勝てないよ。まぁ、でも、経験が無いわけじゃない、みたいね。』


『なら、こう……。』


 折れた剣を握りしめ、お姉さんに向かって走る。


『同じ手法は駄目だ、って今言ったのに〜。………ふふっ、そう来たんだぁ。』


 握りしめた剣で、折れた剣先を打つ。剣先は回転しながら、お姉さんの方へ向かう。それを追って俺も走る。お姉さんはニコッと微笑むと、飛来する剣先に軽く拳をぶつけた。


『嘘……。』


目の前で剣先が粉々になる。たまたま当たった、それくらいの威力なのに、完膚なきまでに破壊された。剣を持つ手が汗ばむ。この剣をどんなにうまく打ち込んでも、粉々にされるのがオチじゃないか、そんな不安に呑まれ、足が止まる。

その一瞬をお姉さんが逃すはずもなく、右足を踏み込み身体を反転させ、左脚の蹴りが俺の左半身に叩き込まれた。


『んー、お姉ちゃん張りきりすぎちゃった……?』


 その言葉を最後に俺は意識を失った。


 1日目:敗北

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