第4話 センチメンタルは突然に
ユリアが起きてしばらくした後
『私がお酒?そんなの何かの間違いよ。昔は少し飲んだけど、最近は全然飲まないようにしてるのよ。』
『それは綺麗なお姉さんが……。』
『綺麗なお姉さん?』
『あぁ。綺麗なお姉さんが夢の中に出てきて綺麗で………くっ。』
綺麗なお姉さん以外の情報、見た目も話した内容もモヤがかかったように思い出せない。これじゃあ、ただの変態みたいじゃないか。
『…………私も長いこと生きてるし、性癖には寛容よ。綺麗なお姉さんがタイプだったのね。』
案の定何言ってんだこいつ、という顔を向けられる。それだけじゃなく、目線も冷たい気がする。気のせいだろうか。
『いや、これには深い事情が……あはは。』
『ま、いいわ。行きましょう。』
ユリアは来た時と同じように手を空間にかざす。
『テレポート!!』
発生する光に視界が奪われる。
『初めて会った時のプロポーズは嘘だったのね……』
悲しげな声が聴こえた気がした。だが、既に身体は転移を始めており、聞き取ることは出来なかった。
◇
『今度こそ、気を取り直してギルドで冒険者の登録をしましょう。』
『今度は酒、飲まないでくれよ。』
『知らない。』
『…………。』
そう言ったきり、そそくさとギルド内へ入ってしまった。何か地雷を踏んでしまったのか? 無自覚に踏む地雷程恐ろしい物はないんだが。
『嬢ちゃん、昨日はいい飲みっぷりだったぞ!』
『狂竜と知り合いなんて凄いじゃない!』
入ると、ギルドの冒険者達にユリアが囲まれてしまっていた。それにしても、狂竜ってなんだ? 恐竜とは微妙にイントネーションが違うような……。
『よっ、サクラ?だっけ。俺はガレス、よろしくな。』
『えっ、あ、よろしく。』
いきなり話しかけられてキョドった返しをしてしまった。第一印象がキモいやつにならないことを祈る。
話しかけてきた相手を改めて見る。年齢、背格好は俺と同じくらい。茶髪で陽側の人間の気配がする。服装は初級冒険者の装備と同じ。この装備、どこかで…………まぁいいか。
『ん?なんだ、俺に聞きたいことでもある感じ?』
『きょうりゅうってあの黒騎士の事なんですか?』
『サクラはこれまでは冒険者じゃなかったんだろ? じゃあ知らなくても無理ないな。狂気を飲み干した竜、それがアイツのあだ名。ま、昔話から取ってんだよ。』
『昔話?』
『おう。遥か昔、神々は竜を創り出したんだ。この世の何よりも黒く染まる鱗を持つ竜を。ただソイツは暴虐の限りを尽くした。力の奔流から来る狂気に飲まれることなく、逆に飲み干し、神々を喰らった。だから、神の世界の奥深く、誰も辿り着けない場所に今も幽閉されてる、らしいぜ。』
『へぇ。ありがとう、ガレス。』
確かにあの鎧、何よりも黒くて竜を模した角もある。良く出来たあだ名だ。
『ん。じゃ、お前の連れを助けてやれよ。あそこで揉みくちゃにされてるぞ。』
『え?あっ、やべ。』
ガレスと話していて忘れていたけど、そういえばユリアが囲まれてたんだった。慌ててユリアの元に駆けつけるが、山のような冒険者に囲まれ、やがて胴上げにまで達していた。ノリいいな、ここの人達。
『ちょっ、ちょっ、私、受付!受付に行きたいんですけど!』
『大丈夫ですよユリアさん、俺達が運んでいきますから。なぁ、みんな!』
『『『『『『『『おー!!』』』』』』』』
そのまま、5秒に1回くらい空中に浮かびながらユリアは受付へと辿り着き、降ろされた。冒険者達も解散していく。
『はぁ、はぁ。とんでもない目にあったわ。サクラも見てたなら助けなさいよね。』
『意外に楽しそうだったよ?』
『結構嫌味を言うタイプなのね、あんた。』
『よく言われる。』
『まぁいいわ。受付、行きましょ。』
受付には綺麗なお姉さん方がいた。初心者の街なのにどうしてここまで顔面偏差値が高いのか。
『ったっ!何すんだよ!』
そんなことを考えていると、脇腹に痛みが走った。ユリアが脇腹をつねったらしい。さっさと本題に入れ、といった感じだ。
『えっと、冒険者の登録がしたいんですが。』
『はい。それではこちらにお名前をご記入ください。それから、この石版に手を触れてください。』
紙に名前を記入し、出てきた石版に手を載せる。ユリアは記入せず、後ろからこちらを覗いている。そういえば彼女のことは名前しか知らない。
『この石版からサクラさんのステータスを読み取りますね。写真も取りますから、前向いておいてくださいね。』
『はい。お願いします。』
筋力は昔ならまだしも、今は訛ってそうだ。魔力とかはどうやって測るんだろう。それから数秒、軽快な音共に計測が終わる。
『計測結果がこちらになります。』
お姉さんは名前や写真が印刷されたカードを手渡してくれる。その右上には空欄、その下に魔力、筋力、防御力、攻撃力、知力の五角形のステータスグラフとレベルが印字されていた。
『これ………。』
振り返り、ユリアに見せる。
『あー、うん。あれね、あれ。えっと……。』
『上手いフォローが思いつかないならいいよ。』
『ち、違うの。大丈夫、このステータスでもスライムは倒せるわ!』
『スライム、最弱モンスターなんだろ?』
『…………。』
ステータスには歪な五角形があった。ただでさえ小さいのに加えて、魔力の欄は果てしなく0に近かった。かろうじて筋力が高いくらい。これが現実ならZ判定ぐらいだろうか。ここまでの弱さ、特に魔力の才能の無さは中々ないだろう、気まずそうに目を逸した受付のお姉さんがその証明だ。
『気を取り直して、外に行くわよ。ここまでの雑魚ステータス、ビシバシ鍛えてあげるから。』
『へいへい……って、やっぱ雑魚ステータスなんじゃねぇか!』
『ス、スライムは倒せるんだから、自信持ちなさいよ。』
目を泳がせるユリアは徐々に後退していく。この世界でもスライムは初心者級モンスターなんだろう。俺は最後の追い打ちをかける。
『なぁ、スライムってどれ位の強さなんだ?』
一瞬、ビクッとしたユリアはまた気まずそうにめを逸らすと、ぎこちない笑顔でこちらを向いた。
『…………五歳児が無傷で倒せるわ。』
『………。』
『だ、大丈夫!!私が鍛えたら、きっと、たぶん、おそらく、だいたい強くなれるはずだから!!』
『天文学的確率なのは分かったから。そっとしておいてくれ。』
『これはメンタルトレーニングも必要ね…。』
地雷があって自分が傷つくと分かっているのに踏んでしまう、そんな経験はないか、俺はある。今だ。
『さっさと歩きなさいよぉ……。』
三角座りをしながら、Tシャツの襟元を掴まれて、引きずられている今。元の世界と同じで何でもEasy modeにはいかない、そんな当たり前のことを実感しながら、俺達は冒険者ギルドを出た。
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