第3話 泡沫の夢は夜明けの前に

『……くううっぷはっ!やっぱり生が一番よね!!お兄さんもう一杯!』


『………。』


『何杯飲むんだよ……。』


 俺が席についてから大した時間は経ってない。けれど机には空になったジョッキが何杯も。料理も大方空になっている。犯人は目の前の少女、金色の目を輝かせ、今も注文を重ねている。


『おい、ユリア。そろそろ飲むの辞めないか?』


『あー確かに。何がしたかったんだっけ……。そう、貴方よ貴方。まっくろくろすけ。貴方、*****でしょ。ってあれ?言えてないわね。』


 ユリアは黒騎士を指差し、何かを言う。だが、その言葉が形になることは無かった。呂律が回ってない訳じゃない、まるで言葉にする事が出来ないかのように濁った音にしか聞こえなかった、黒騎士以外には。


『…………。』


 黒騎士の雰囲気が揺らいだ、気がした。声は発さないが、その圧はどこかへ消えている。そして黒騎士は懐から袋を取り出した。

中からは硬貨が覗く。それをユリアの方へ置くと、立ち去ろうとした。その背中にユリアは声をかける。


『黒き竜よ、彼女は彼、サクラを勇者にするらしい。力を貸してもらえるかい?』


『…………。』


 黒騎士はその声に応えないまま、去っていった。災難が去ったことで冒険者達は安堵しているが、こちらを見る目が気になる。それと同じく、俺の胸にも妙な違和感が渦巻いていた。何かが違う、何かが引っかかっているような……。そんな思考も何かをぶつけるような音で遮られる。


『おい。嬢ちゃん大丈夫か?』


『すぅ……。』


 振り返ると、机に突っ伏してユリアが眠っていた。さっきの音は机に頭をぶつけた音だったのか。


『はぁ、帰るぞ。』


『んー?サクラどうしたんですぅ?』


『どうしたもこうも、お前が飲んでるからだろ。』


『私が?酒を?あっはっは。飲んでませんよぉ〜。』


『酔っ払いはだいたいそう言うんだよ!!』


 ぎらぎらと光る紅い瞳の少女をズルズルと引きずりながらギルドを出る。何時かは分からないが、まだ夜らしい。人通りも店も多い。この世界の住人は夜型の人間が多いみたいだ、親近感湧くな。


『どこ向かってるんれすか?』


『どこってそりゃ………どこに行きゃいいんだ?』


 お金も無ければ、野宿の準備もない。どこに帰ると言うのだろうか。繋いでいた、というか掴んでいた手首を離すと、ユリアはドヤ顔をみせる。


『えっへっへ。酔ってるのはサクラの方だったみたいれすね。今日だけ、特別れすからね。テレポート!!』


『うわっ!!』


 街の通りに魔法陣が浮かび上がり、俺たちは光に包まれた。


『ここは……。』


 初めてユリアと会った場所、一面の花畑。そこに帰ってきていた。俺を連れてきた当の本人は、というと。


『すぅ…………。』


 側で静かに寝息を立てていた。こうやって静かに寝ていると可愛らしい。白い髪に、整った顔立ち。それに今は閉じている紅い瞳。………そうか。歯車が噛み合う、違和感バグの原因を見つけたから。


『酒飲みの方は確か、金色。』


 瞳の色が違う。机に頭をぶつけて、起きた時にはもう赤色に戻っていた。恐らく酒を飲み始める前に入れ替わった。だとしたら、あれは誰?二重人格なのか…………?


『名探偵になれるんじゃない、サクラ。』


 声がした。後ろ、誰かが立っている。質素な胸当と肘当てをつけた美女がそこにはいた。ショートの青い髪を後ろで纏め、その瞳は金色に輝いていた。慌てて確かめるが、側にユリアはいたままだ。


『貴方は一体誰なんですか?』


『私はお酒とご飯が大好きな綺麗なお姉さんです。だから、これからは私のことはお姉ちゃんって呼んでね♡』


『ええっと。貴方は一体何処の誰なんですか?』


『………。』


まるで聞こえていないかのようにお姉さんは目を閉じた。


『お姉……さん。』


『うん!何が知りたい?いやーそれにしても君はお姉さん派かー。こんな美人なお姉さんと出会える機会なんてそう無いよ。だーかーらっ、恥ずかしがらずにお姉ちゃんって呼んでもいいんだぞ♡』


『ハイ、ソウデスネ。』


『あっはー。つーめーたーいー。』


面倒くせぇ。でもこの残念さ、さっきの酒飲みで間違いない。でも一体何をしに……その疑問を口にしようとした時、お姉さんの手で遮らえた。


『待って。お姉ちゃんには分かる。「こんな綺麗な人が俺に何の用だろう。」ってドキドキしちゃってるんでしょ!』


『ソウデスネー。』


口閉じてたら美人なんだけどな。それは言わずにいると、そろそろ本題に入る為か、お姉さんは顔を少し引き締めた。


『君はユリアに勇者になって世界を救って、的なこと言われたんでしょ?』


『はい。』


『魔法はきっとユリアが教えてくれる。でも、それだけじゃ足りない。まぁ、保険はかけといたけど、お姉ちゃんは君達が心配だから、ね。だーかーらっ、お姉ちゃんが君に剣術の稽古をつけてあげる!』


『え?』


堂々と言い放たれた一言。何の冗談だ、と思うのと同時に、改めてお姉さんの身体を見る。


『じっと見られるのは恥ずかしいな♡』


無駄の無いよく引き締まった身体、まるで幾つもの死線をくぐり抜けてきたかのような。思わず、唾を飲み込む。剣道の試合にも出て、様々な選手に出会った。その誰よりも強い、そう感じさせられた。


『お姉さん、よろしくお願いします!』


ここまで強い人が稽古をつけてくれる、断る理由も無い。それに。


『「ユリアを守れるくらいにならないといけない」とか思ってるのよね。可愛いわ、全く。』


『ど、どうして。』


『「どうしてこの人は俺の心を読めるのか」でしょ。ふっふーん。それは、お・姉・ち・ゃ・んだからです!!』


『はぁ………。』


ほんと、何なんだこの人。シラフでこのテンションなら相当危険な人じゃないか。


『そろそろ頃合いかな。起きても私のことが話せないようにしてあるから、安心してね。ここはお姉ちゃんと君の秘密の花園です!』


『………起きたら?』


いや、今も起きてるんじゃないのか。現にほら、ここにユリアも………いない。いつの間に俺は眠っていたのか。すると、お姉さんが思い出したかのように手を叩く。


『あ、そうだ。』


『今度は何です?』


『君の名前、サクラって呼んでたけどさ。それだとユリアと被っちゃうじゃん?だから、さーちゃん、くーちゃん、らーちゃんのどれがいいかな?』


『どうでもいいです!!』


叫んだと思った途端、目が覚めた。場所は昨日帰ってきた花園。側にはユリア。あれは夢だったのか、それとも………。きれいなお姉さん、彼女の顔がいつまでも頭を占有していた。

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