第2話 竜に出会う

『ここが……。』


『どう、凄いでしょ?』


目の前に広がるのは漫画や絵本で読んだファンタジーの世界。石畳の通りを走る馬車に歩く人々の中にエルフやドワーフ、獣人なども見える。本当に異世界、らしい。そして、そんな俺に自慢するようにユリアが後ろから現れる。


『じゃあ、行くよ。』


『行くってどこに?』


『もちろん、冒険者ギルド!』


 そう言って歩いて行ってしまうユリアについて俺も路地から通りへと飛び出す。辺りは暗く、夜らしい。ここまで来て何だが、本当にドッキリとかではないらしい。犬の頭や角を生やしたりしている人々が普通に存在している。


『ん、ここだよサクラ。さぁ、入ろう。』


『お、おっけー。』


 着いたのは街の中心部、木造二階建ての建物だった。ここが冒険者ギルド、高なる胸を押さえながら扉を開く。


『サクラっ危ない!!』


 視界に入ったのは回転しながらこちらに飛んでくる酒瓶。避けられない、そう思った瞬間、不思議なことが起こった。


『遅い……?』


 人間は死を直感した時、目の前の動きがスローモーションに見えるという。まぁ、実際は死の直前、脳が目に入る全てを記憶するからゆっくりに見えるだけ。まぁ、詳しいことは調べてくれ。俺の携帯は圏外なんだ。

 つまり、俺に起こった出来事は走馬灯と同じだった。周りの人々、俺を心配する人、目を覆う人、こちらを向いて立つ真っ黒の鎧の人……カッコいいなあれ。…こほん。それだけじゃない、回転する瓶もゆっくりに見える。だが、走馬灯とは決定的に違う部分がある。それは所だ。


『ほいっと。』


 だから、酒瓶も取れた。酒瓶に触れて握る頃には、周りの人々も同じ速度に戻っていた。彼らはさも当たり前のように酒瓶を掴んだ俺を見ると、驚いた顔で駆け寄ってきた。


『おい、兄ちゃん大丈夫だったか!?』


『へえ、咄嗟に受け取るなんて坊や結構すごいじゃない。』


『ここじゃ見ない顔よね。名前、貴方の名前は?』

 

『よし、行こう!』


 褒められるのは気分がいい。顔を緩ませたのがバレたのか、やけにテンションの高いユリアは俺の手を引き、集団から連れ出した。だが、受付への道は床に横たわる男達が邪魔で進めない。酔っているのか、と思ったが違う。彼ら、6人のいかつい男達は全員が気絶していたのだ。


『……。』


 その中心に立つのはさっきの黒い騎士。一言も発さない代わりに、目の前にすると足がすくむ程の威圧感を放っている。受付に行くには他の道もある、でもこの圧から逃げれば俺も横たわる彼らのようになりかねない。妙な意地で俺は意思疎通を試みることにした。


『えっと、俺は結城桜です。貴方の名前は?』


『……。』


 気まずい沈黙。俺は陽キャじゃない、ここから巻き返せない。


『きょ、今日は天気、良いですよね。』


『……。』


『し、しりとりとかします?』


『…………。』


 天気の話としりとりは会話が続かない時に使うしかない殿下の宝刀、それをいきなり使ってしまった。


『かっこいいですよね、その鎧。』


『…………。』


 身長は鎧を含めると俺より少し高い、脱げば同じくらいだろうか。竜のような捻れた角のついた兜の向こうを見通す術は無く、しばらく睨み合いが続く。


『なぁ、ユリアはどう思う……っていねえ!』


 いつの間にか俺から離れ、テーブルに座るユリア。そして手を挙げウェイターを呼び始める。しばらくして運ばれてきたのはビールに唐揚げといった料理の数々。どこにそんなお金があったのか、というより何故の方が強い。受付で冒険者の登録をするんじゃないのか。


『あのー、ユリアさん。そのお酒とおつまみって。』


『え、ああ。そっか。ま、いいよね。』


『は?』


『いただきます!』


 何かに納得すると、いきなりビールジョッキを一杯飲み干した。


『…………。』


 黒騎士もユリアの方をじっと見ている。睨み合う二人と呑気にビールを飲む少女。そして周りでオロオロする冒険者達。突如としてギルド内に発生した謎のトライアングル、それを破ったのもやはり呑気な声だった。


『人と仲良くなるにはどうしたらいいか知っているかい?』


『ど、どうしたらいいんでしょうか?』


 泡で髭を作り、顔を赤くしながらユリアが問う。雰囲気が初対面と全然違う、驚きを隠せないまま敬語で返す。


『飲みニケーションだよ、飲みニケーション!!一緒に飲んで食ってすればそこの黒い子とも仲良くなれる、大丈V!』


『えぇ……。』


 いきなりおっさんみたいな事言い出したんだけど。外見はいいけど中身は残念タイプなのか。ユリアは差し出したピースを俺と黒騎士に向けたままニッコリと笑う。すると、視界の端で何かが動いた。


『………。』


『えぇ……。』


 黒騎士がユリアの向かい側の席へと腰掛けた。落ち着け、俺。まだ取り乱すようなじかんじゃぁない…………………なんで、何でだよ!!俺は完全に無視されてたのに酔っ払い美少女の誘いなら即OKかよ!!クソッ!!当然だよ、俺だって受けるわ!!

 ヤケになった俺は黒騎士の横へと腰掛けた。その鎧に隠された想いを知らぬまま。

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