第34話・公爵さまは後悔しておいでです


 オーブリーはレブルを部屋まで送ってくれてすぐに引き返さなかった。お茶を入れてくれたのだ。


「お探しのものは見付かりましたか?」

「いいや──」


 オーブリーはレブルを見つめていた。そこには何の感情も見られなかった。だがその言葉にレブルは相手には何もかも悟られているのだと分かった。


「少なくともきみらの敵じゃない。私はキュライト公爵の命を受けてここに来た。あとでエリカ殿下に合わせていただけないだろうか?」

「畏まりました」


 キュライト公爵の密命を受けてきたと暴露すると、心得たようにオーブリーは腰を折り退出して行った。







 私はウィリディスと共に謁見室にいた。下座ではお客さまであるはずのレブルが跪いている。彼は実は聖王の弟であるキュライト公爵の密命を受けていて、ここにやって来たのだと言う。そんな事とは思わなかった私は驚いた。さらに驚いたのは彼の話の中身だった。


「ウィリディス卿、エリカさま。今までお二方を欺くような真似をしたことをお詫び申し上げます。キュライト公爵の命でエリカさまをお捜しし、人となりを探るように申し渡されておりました。キュライト公爵はあなたさまが王宮に戻ってくることをお望みです」

「なぜ? 今更?」

「公爵はあなたさまが王宮を追われたことを嘆いておられました。あなたさまを保護することを命じられて今まで間者を送っていましたが、なぜか消息が掴めず最後の望みに掛けて私が直接、この地へ参りました」


 そう言って公爵からの書状を差し出してくる。そうは言われても5年も前に追放された自分を今頃になってなぜ呼び戻そうとするのか分からなかった。


「公爵さまは傍若無人を繰り返す聖王さまにこのまま在位されることをお望みではありません。エリカさまに戻って来て頂いて聖王の座について欲しいと。その為の後見につくと申しております」

「そんなこと言われても困るわ。私には記憶がないし──何より今の生活に満足しているの。ウィリディスと離れたくない」

「王宮でのゴタゴタに彼女を巻き込んで欲しくないな」


 私が嫌がるとウィリディスも同意してくれた。


「そうは言われましても聖王さまに退位して頂くにはあなたさまに戻って来て頂くのが一番です」

「それは無理だよ。諦めた方がいい」

「どうしてですか?」

「5年も前に追放された彼女を、王宮の者達が本物だと受け入れるはずがないだろう」


 ウィリディスは綺麗事を言うなと言った。レブルは食い下がろうとした。


「そのようなことは──!」

「ならどうして彼女はここにいる? 誰も彼女が追放されるのを止めなかった? 皆が彼女を不要と思った結果だ。今度は聖王の態度に思うところがあるから退位させて彼女を王にすると? あれを聖王に据えたのはおまえ達だろうが」


 もともと聖王は傍若無人だったとウィリディスは言い、それを知っていて王位につけたのは王宮の者達だと言った。言葉には苦々しい響きがあった。


「そんなに聖王が嫌なら王弟であるキュライト公爵に継がせればいいじゃないか?」

「ご本人がそのような器ではないと固辞しておられます」

「じゃあ、他の者を探すのだな。行こう、エリカ」

「はい」


 話は終わったと踵を返しかけた私達の背に被せるようにレブルが言った。


「公爵さまは後悔しておいでなのです!」


 ウィリディスが足を止めたので、私も止めた。


「聖王さまの事を諫めきれなかったことを。あの御方の願いは亡き兄ぎみに恥じない生き方だと申されておりました。どうか──」

「僕には関係ないことだ」


 行こう。ウィリディスは私の腕を引いた。背後ではレブルが言い続けていたが私達は気にしなかった。

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