第29話・妻を信じたい
リーガは行儀が悪いかと思ったが食事を先に終えるとサッサと席から立ち上がった。
「リーガ?」
「先に行く。エリカ。あまり聖王さまに迷惑をかけないように」
「分かっているわ。もう。真面目なんだから」
幾ら聖王が妻の保護者でよくしてくれるからとはいえ、それに甘えて長いこと居座ることのないようにと言えば、妻は頷いた。本当に分かっているかは微妙だが。聖王が甘いのもあってエリカは日が暮れるまで聖王の側にいるのだと仲間の騎士達から聞かされていた。
『随分と覚えめでたいじゃないか。こう言ってはなんだがエリカ姫がお気の毒だ。おまえの奥さんと名前が同じだけに同情を禁じ得ないよ』
仲間の騎士は聖王の娘のエリカ姫を不憫がっていた。リーガ達がこの世界にやってくるまで母親を幼少に亡くした彼女は父親に溺愛されていたらしい。
それなのに父親の愛情は異世界人へと向けられ、彼女は辺境へと送られた。エリカと同じ名前の姫は、銀髪に紫色の目をした美しい姫だった。
王宮で初めて会った時の姫はやや傲慢のところもあったが自分には優しかったと思う。その姫にエリカが傷つけられたと知った時は激怒したが、後から思えばあれは行き過ぎのような気もした。
エリカが大袈裟に騒ぎ立て聖王に言いつけたところを目撃していた騎士もいた。あの時のエリカはおかしかったという。別人のように見えたと。もしかしたら元から今のような自分に益をもたらすと思える相手にはへりくだる性格でそれを今まで隠していたのではないかと疑う者達も出始めた。
今まで自分達はか弱い振りをした異世界人エリカに騙されていたのではないかと。改めてあの件を取り調べようという者もいる。
リーガとしては妻を信じたかった。妻が一計を案じたとは思いたくなかった。あの自分に依存して生きるしかない彼女がそのような事を企んだとは到底思えなかった。
そんな時だった。聖王から呼び出された。王弟であるキュライト公爵が怪しい動きを見せていると聞いた。王弟は密かに反聖王派を募り自分から聖王の座を奪おうとしていると。
「レブルという男が遺跡を調査に出るようだが、彼はキュライトの命を受けている。恐らく反聖王派となる者と繋ぎを付けるはずだ。護衛として同行してくれないか?」
そう言われたらリーガには拒めなかった。聖王のもとには妻と娘がいる。皆には聖王に目を掛けられていると思われているが、その実、人質のような者だ。あの二人に害を及ぼされたくなかったら聖王の言うことを聞くしかない。
「分かりました」
リーガの答えに満足したように聖王は頷き、リーガがレブルの護衛として出向くことになった。
その彼に間諜なのかと問う。
予め、レブルについて調べていた。瘴気について調べている学者と言うこと以外に何も出てこなかった。それが逆にリーガの何かが危険だと警告を発した。
だが──。
「僕を買いかぶりすぎだよ。僕はただの学者さ」
レブルはリーガの問いに、あははと笑って答えた。「きみ面白いよね」と言いながら。そこには何の含みも感じられなかった。リーガに疑われていることを何とも思ってない様子だ。
「言いたいことはそれだけかな? シャワーを浴びてくる」
そう言ってレブルは浴室に向かった。その彼の態度に肩すかしを食らったような気分を味わった。
リーガは考えすぎかと思いつつも全面的にレブルを信用する気にはなれなかった。聖王の言った言葉が気に掛かっていたのだ。あの聖王が単なる疑いだけで自分をレブルにつけたとは思えなかった。
レブルはキュライト公爵から何か命を受けていることを隠さなかった。恐らく聖王はそれを自分に阻止して欲しいのだと思っている。命ぜられたことは非道にしか思えないことだ。
しかし、妻と娘が彼の側にいる限り、リーガは聖王に逆らえない。
恐らくレブルはターゲットに対し、自分とは反対の事を命じられているはずだ。キュライト公爵は聖王とは違って人徳者だと聞いている。エリカ姫が死滅の地へ追いやられた時も連れ戻そうと行動を起こしたくらいだ。それを阻んだのは自分達聖王派。
最近の聖王を見ていると、自分が命に従うことは果たして正しいことなのかリーガには答えが出なかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます