第30話・人身御供


 レブル達の滞在二日目。私達夫婦と共に席についたレブルが話しかけてきた。彼の隣の席には無言のリーガが着いていた。


「ウィリディスさま。聞きたいことがあります」

「何かな? レブル君」

「エルドラント遺跡のことです。その遺跡の上にこの街があるのなら当然、あなたさまはその遺跡についてご存じですよね?」

「全部知っているわけではないけど大体は知っていると思うよ」

「それではその遺跡で人柱を立てていたのはご存じですか?」

「ああ。でもこの場で出すような話題ではないと思うよ。レブル君」


 人柱と聞いて私は嫌な気がした。胸がざわりとする。その私を安心させるかのように、ウィリディスは自分の手を私の手に重ねてきた。


「そういう話は彼女がいない時に頼むよ。彼女は苦手なんだ」

「失礼しました」


 レブルは失言を悟ったように謝罪した。人柱といえばあまりいい話ではない。人身御供のことだ。建造物が災害や敵襲に襲われないように神に祈願し、生きた人間を捧げたものだ。あまり良い慣習とは言えない。人柱となる人間は未婚の女性が多かったと私はウィリディスから聞いていた。

気持ち悪く思ったものだ。それをウィリディスは覚えていたらしい。


 いきなり人柱の件を持ち出したレブルには驚いたけど、それと同時に彼は良く調べているものだと思った。


「ふと気になったものですから。後でご領主さまに窺っても良いですか?」

「それは構わないよ。でも、後でね」

「はい」


 レブルがウィリディスと離している間、リーガは黙って話を聞いていた。彼が静かなことが妙に気に掛かった。


「あの。私、気にしませんから……」

「……!」


 レブルとウィリディスが私の顔を見る。


「いつまでも逃げてばかりではいられませんから」


 一応、自分はここの領主の妻。個人的に気持ち悪いからと言って、何でもかんでも嫌な事から目を向けてばかりではいられないと思ったのだ。受け止める事も必要ではないかと思った。

 夫のウィリディスが優しいから今までそれに甘えてきたけれど。


「いいのかい? エリカ」

「はい。大丈夫です」

「あの、後でご領主さまから話が聞ければ私はそれで構いませんよ」


 レブルが気遣うようにいってくれたけど私は首を横に振った。


「大丈夫です。私もここの者として実際にあったことは受けいれないといけませんから」


 人柱のことは単なる昔話ではない。何十年か前にもあったことらしい。遺跡を掘り起こしていて人骨が出て来たと街の者が教えてくれたこともあった。

 その人骨に黒く纏っていたモヤのようなものを見て私は気を失いかけた。それをウィリディスは気にしている。

 黒いモヤのようなもの。それが瘴気だった。そこから私は瘴気とは人の怨念が実態を持った物と考えている。


「エルドラント遺跡では、神の保護を求めて人身御供を捧げていたらしい。その事で遺跡を害敵から守ろうとしたようだ」

「害敵ですか? 大概の遺跡ではその建造物が永遠に保つように人柱を立てていたようですが?」

「この地の由来は知っているかな? ここは冤罪を受けた王が興した地なんだよ。王を追い払った者達がこの地を政治的に取り込むのを王は拒み、神と契約した」


 その契約が続いている地なのだとウィリディスは言う。その為にむざむざ摘まれた命があったことを夫は言う気だろうかと思う。


「王はね、正気じゃなかった。心を病んでいたんだろうね。だからこの地を誰にも犯されなく続くことを願って沢山の生け贄を捧げた。昨日、きみが綺麗だと言った広場からは当時の人骨が沢山出て来たと聞く」


 レブルは何も言えなくなった。


「沢山の人の犠牲によってこの地は成り立っていると言うわけですね?」


 レブルに代わって言葉を発したのはリーガだった。その言葉に弾かれたようにレブルは私達を見た。



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