第9話・彼女は記憶を失っている


 私達は三人掛けのソファーに肩を並べて座った。それをリーガはじっと見ていた。彼は私から目線を外さなかった。不躾な目線が私の知り合いだと物語っているような気がする。ウィリディスは聞いた。


「きみは先ほど冒険者だと言っていたよね? エリカとはどこで知り合ったのかな?」


 彼はリーガを警戒していた。先ほどリーガが私に「エリカ姫」と、呼びかけたことが気になるようだった。私はここに来る前の記憶はない。でも冒険者と知り合うような環境にはなかったような気がする。そう思うとリーガという男が言うことを丸々信じてはいけないような気がしてきた。

 よく見ればリーガは金髪に青い目。端正な顔立ちをしている。美男だと思う夫のウィリディスとはまた違ったタイプの色男だ。


「私は以前、王宮付きの騎士をしておりました。姫の護衛を任されていたこともあります」


 リーガは一介の冒険者でしかないのに、この地で領主をしているウィリディスを前にしても堂々としていた。私と目が合い見据えてくる。そこには自分の知る相手だろうかと探るような感じが見受けられた。彼の観察するような目に好意的なものは感じられなくて嫌な感じがした。


「ふ~ん。それでエリカを知っていたと? でも誤解を招くような言動は止して欲しいな。今のエリカは僕の妻だからね」

「あの。もしや姫は……、いえ、エリカさまは記憶を失われている?」


 牽制するウィリディスの顔色を窺いながらリーガが聞いてくる。彼は私を姫と呼びかけてウィリディスから険しい目を向けられたせいで慌てて言い直していた。

 その口調から記憶を無くす前の自分は、彼と知り合いだったようだと推測する。リーガは私を頭の先からつま先まで舐めるように見てくる。それが不快に思われた。ウィリディスは深いため息を漏らし言った。


「きみの思っているとおり、彼女は以前の記憶を失っている。自分の名前以外、何も思い出せない。ここに来た時の彼女は憔悴しきっていたよ。王都で何があったのか知らないが何もかもに絶望していた」

「……!」

「でもその彼女は5年の日々をかけてこうして元気になった。その幸せを揺るがすようなことを僕は望んでいない。もしも、以前の彼女を知っているというのなら放っておいてくれないか」

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