第6話・胸騒ぎ
「今日は街の方へ行ってみないか? エリカ」
「ウィル。お仕事は?」
「休みだよ。だから今日はきみの気になっていたスィーツ屋に行ってみようか?」
「本当? 嬉しい」
寝台から先に降りたウィリディスは裸体にシャツを羽織った。振り返りながら誘われる。彼の仕事がない日は時々街に出てお買い物や、散策を楽しんでいる。
私達の住む古城は小高い丘の上にある。お出かけには馬車を使うものらしいが、ウィリディスは魔法が扱えるので大抵出かけるときは彼の転移魔法で済む。
その為、移動には時間がかからない。時間が掛かるとしたら私の身支度くらい。そこに掛ける時間をケチるような真似は、さすがのウィリディスもしないので私の支度が終わるまで待っていてもらうことになる。
「今日も綺麗だよ。エリカ。このままベッドに直行したいくらいだ」
「それは困るわ。お出かけするんでしょう? 街へ連れて行って」
軽口をたたき合って街へと転移してもらう。使用人達は仕えている主が魔術師なのは分かりきっていることなので、主人夫妻が目の前で姿を消そうが現そうが別に驚かない。これが彼らの中では平常運転なのだ。
街には何度かウィリディスと共に行っているので、顔馴染みとなったお店が出来た。今回向かうスィーツ店もその中の一つだ。美しい街並みをウィリディスと闊歩していると、自警団が旅人らしき二人組を詰問している場に出くわした。
「あんたら見かけない顔だな?」
「北門から来たよそ者みたいだが、目的は何だ?」
「紹介状は持っているのか?」
この街は城壁に囲まれてはいても門番がいないので出入りは自由だ。でも、その入ってきた四つの門の方角により受け入れられる場合と、拒まれる時がある。
東門や西門、南門はこの国で取れた魔法石や、その宝石加工で取り引きのある国と接しているので、そこから入ってくる訪問客には寛大な態度だが、この北門から入ってくる者には厳重なチェックを行っていた。
北門はこの国を治める聖王のいる都に繋がっている。街の人は聖都から来る者を強く警戒する傾向があった。
それはこの街がその昔、「流刑の街」だったことに由来しているようだ。この地は瘴気に覆われて誰も住まない枯れ果てた土地だった。それを蘇らせたのがここの領主となったウィリディスのご先祖で、もとはそのご先祖はこの国の王さまだったのだと言う。
それが腹違いの弟王子と後継者争いで負け、冤罪を掛けられてこの地へと送られた。事実上、死罪扱いのようなものだ。
そして現在も王座に居座っているのはずる賢い弟王子の末裔でその座に脈々と続いているのをこの街の者達は快く思っていないと聞く。領主贔屓が強いのだろう。
エリカがこの土地に来た時は北門を潜ったが、その時はここの領主であるウィリディスが付き添っていたから街の者達の感情を煽るようなことはなかった。
それでも初めは警戒されていたように思うが、ウィリディスが受け入れた婚約者という立場と、彼が気を許しているさまを目の辺りにしているせいか悪意を向けられることもないし、害されたこともなかった。
その街の中、自警団が緊張を強いられている場面に出くわし、胸騒ぎのようなものを感じた。
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