第4話・私はロアール国の王女だったらしい


「おはよう。オーブリー」

「おはようございます。エリカさま」



 食堂では執事オーブリーが待っていた。オーブリーは白髪にライム色の優しい目をした好々爺だ。親の愛を知らないウィリディスにとって、育ての親のような存在だと聞いている。

 彼は私達夫婦が遅れてやってきたことに大体の事情を察しているようで、苦笑いを浮かべながらもそれについて苦言を呈するようなことはしなかった。

 注意はされないながらもそこに気まずさのようなものを感じながらウィリディスのエスコートで席に着く。この城の食堂はサンテラスとなっている。いつも陽光差し込むこの空間でウィリディスと食事を取っている。

 食堂のテーブルは中央に長く伸びていて、当初はそのテーブルの端と端の席に着いて食べるのが主流なのだと教わったけれど「お互いの様子が見えないのは寂しい」と私が言ったことで、彼の席は私のすぐ目の前に用意されるようになった。


 私を席に着かせるとウィリディスは向かい側の席に回った。彼は美しい若者だ。見た目の年齢は20代にしか見えない。眉目秀麗で若草色した髪に宝石のエメラルドのような美しい双眸が目を惹く。若い女性達の心をときめかせるのに十分な容姿をしている。

  それに引き換え私は銀髪に紫色した目。顔立ちは整っていると思うけど、綺麗に整い過ぎていて人形みたいだ。

  彼と同じ年頃のように思うけど、感情に乏しいせいか鏡に映る姿は冷たく感じる。この姿が自分のものだという実感が湧かない。その私が彼の妻だなんて未だに信じられない思いだ。なぜなら私にはここに来るまでの記憶がなかった。


 ロアール国の王女だった私は、父親によってここへ送られてきたのだと聞いたが、どういう経緯でここに来たのかさえも思い出せない。覚えている古い記憶は、彼の前で大泣きしたことで、その時に「私はどこにも行く場所がないの」と、嘆いたら彼に「ここがきみの居場所になるよ。きみは僕のお嫁さんになるから」と、言ってくれたことで、そこから私の記憶は始まっている。

  今までの記憶がないことに不安がないとは言わないけど、特に積極的に思い出そうという気にもなれなかった。頼みとするウィリディスも私が記憶を取り戻そうとすることを快くは思ってないようで、無理に思い出さなくてもいいと言ってくれたし、彼に丸投げしたのだ。


 ウィリディスに依存しているこの状態は心地よかった。余計なことを考えなくて済むこの状況に甘えきっていた。ここではオーブリーを始めここの使用人達も皆、優しい。自分が害されることもない。

 何より美しくて最大の理解者がここにいる。それだけで自分が非常に恵まれているのは重々感じられていた。


「ウィリー。ありがとうね」

「どうしたんだい? エリカ」

「幸せだなぁと思って」


  一瞬、戸惑いの表情を浮かべながらも彼は「どういたしまして」と、微笑みを返してきた。

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