第2話・わたしの愛する旦那さま
「エリカ。ここにいたのかい?」
「ウィル」
「目が覚めたら隣にきみがいなかった」
ある早朝のこと。屋上の手すりに手を掛け展望を楽しんでいたら後ろから不満そうな声をかけられた。
夫のウィリディスが隣に寝ているはずの君の姿がみえなかったから心配したと、言って屋上まで捜しに来たのだ。
普段ならこの時間はベッドの中で惰眠を貪っている頃。でもなぜか目が冴えてしまって使用人が起こしに来る時間まで、寝台の中にいるのが苦痛に思えて仕方なかった。だから隣に寝ている夫を起こさないように寝台から静かに抜け出してきたつもりだったけど、夫にはバレバレだったようだ。
「いけない人だね。僕に黙って抜け出すなんて」
「ごめんなさい。ウィル」
「きみ、いつからここにいたの?」
「さっき来たばかりよ」
背後から抱きしめられて夫の温もりを感じる。寝間着にショールを羽織ったままだったので、ガウンを着た夫から暖を取るような形となった。
「何を熱心に見ていたの?」
「この街よ。あなたが治めるこの地を見ていたわ。何度見ても素敵だと思って。あなたは最高のご領主さまだわ」
私達の住む古城には屋上庭園があった。そこには青々とした芝生が生え広がり、薔薇園と小さな噴水がある。
これらは一人王都から送られて来た私の慰めになればと夫が用意したもの。
香しい薔薇の匂いと、生き生きとした水音も嫌いではないけれど、それらよりも私の気を惹いたのはここから望む景色だった。
眼下に広がる目にも眩しい乳白色の石壁と、黄色の屋根を基調とした街並み。城壁の外には緑豊かな広大な田園が続く。それらは何度見ても飽きなかった。
くるりと体を回されてウィリディスと向き合う。
「ありがとう。そう言ってもらえると嬉しいよ。きみの夫としても及第点を取りたいところだけど?」
「勿論、あなたは私にとっても最高の旦那さまよ」
背中に手すりが当たる。正面から抱き込まれて彼の胸に頬を当てれば安堵感に包まれた。
この美しい地を治めているのは、この城の主であり自分の夫でもあるウィリディスなのだ。自慢したくもなる。
今では素敵なこの街も、その昔は瘴気に見舞われ枯れ果てた土地であったことから「死滅の地」と呼ばれてこの国の王に忌避されていたらしい。その為、流罪の地として罪人達が送られていた時代もあったようだ。
その土地を歴代の領主達が清浄し、緑豊かな土地へと蘇らせたのだと言う。その功績を地域の住民達が讃えてきたことから、彼は「緑のご領主さま」と、尊敬と親しみを持って領民達に呼ばれていた。
「お褒めにあずかり光栄です。エリカ姫」
「姫は止めて。私はただのエリカよ」
額や頬にキスされてくすぐったさに身を捩ろうとしたら「エリカ。体が冷たい。部屋に戻ろう」と耳元で囁かれる。
まだもう少し眼下の景色を見ていたかったけれど、彼の温もりに触れてしまったら他のことなどどうでもいいように思えてきた。
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