🌿pandora~緑の魔王と捨てられた王女~

朝比奈 呈🐣

第1話・私の味方はいなかった




「おまえは何てことをしてくれたのだ! エリカを虐めていたそうだな?」


 部屋で読書をしていた私は、いきなり部屋に怒鳴り込んできた相手を見て驚いた。この国の王である聖王は怒りも露わに私の頬を叩いた。突然の出来事に声も出なかった。椅子に座っていた体がぐらつき床へ転げ落ちた。部屋の隅に控える女官達から「ひっ」と、小さな悲鳴が漏れる。普段温厚な聖王は、荒神が乗り移ったかのように怒りを露わにしていた。


「……!」

「人目につかないところで虐待していたそうだが、我にバレないとでも思っていたのか?」



 床に倒れ込んだ私を、仁王立ちした聖王が冷ややかな目で見下ろす。露骨な悪意にゾッとした。今までそんな態度を取られた事もなかった。これは何かの間違いでは無いかと思ったが、相手は顔をくしゃりと顰めた。


「我は情けないぞ」


 私は虐待なんてしていない。エリカとは仲良くしているのだ。誤解だ。聖王のまずは怒りを解かなくてはと思っていたら、彼女が騎士団長のリーガと共に部屋にやってきた。

 私は彼女の顔を見てホッとした。エリカと目が合うと彼女はにっこり微笑んでくれた。彼女が来てくれたならもう安心だ。きっと彼女ならこの誤解を解いてくれる。そう思っていたのに彼女の口から飛び出した言葉は予想もしてなかったものだった。


「聖王さま。どうか怒らないであげて。彼女に酷いことをしないで。私は謝ってもらえばそれでいいの」

「エリカは何と心根の優しい娘だ。自分を害した相手までも許そうというのか」


 エリカはまるで私が彼女に危害を加えたかのような言い方をする。これでは誤解が解けないばかりか私が悪くなる一方だ。どうしてそんな嘘を? 

 愕然とする私をあざ笑うかのように彼女は口角を上げていた。聖王は彼女を信じ切り感心していた。衝撃のあまり声がすぐに出なかった。そのせいで出遅れた。


「私は何もしてない……」

「嘘をつくな。彼女は傷ついた」


 騎士団長のリーガまでもが、彼女の肩を持つ。


「これを見ろ」


 そう言って彼が私に見せた彼女の腕。それは昨日、彼女が気に食わない女官を躾ようとして鞭を取り出した時に、私が止めに入ったことで彼女の腕についてしまった痕だった。


「ご免なさい。それは──」

「やはりおまえがしたことではないか」


 リーガの発言で周囲の女官達の見る目が険しくなった。昨日、彼女の鞭から助けた彼女ですら私を睨んでくる。


「どうして……? 私……、なにかした?」

「まだ言うか? おまえなどどこぞなりと行け。おまえはこの王宮より死滅の地へと追放する。二度とここへ戻って来ることは許さない。連れて行けっ」


 震える声で皆に問いかければ、返ってきたのは嫌悪の目線だった。昨日まで優しくしてくれた聖王も、親切にしてくれていた女官達も、きみが好きだと言ってくれたリーガすらも私を憎々しげに睨み付けてきた。


「違う。私じゃない」と、何度言っても叫んでも誰も私の言葉に耳を貸さず、騎士達は私を引きずるようにして馬車の中に押し込んだ。




 誰もここには私の味方はいなかった。









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