怪人カメラ女の、日常と愛情

ヴァゴー

はじめに

久那観察日記 はじめに

 こんにちは。これを読んでるということは、あなたは久那の大切なひとなんでしょう。そして俺、づきくれろうはもう久那の傍にはいない。


 彼女のことを記すなんて、意味のないことかもしれません。だって俺はなにもかもを知ってるわけではないし、なにを書いたところで「そんなことは十分知ってる」と思うかもしれない。


 だけど俺は、俺から見た久那という子のことを書いておきたい。願わくば、俺だけが知っている彼女があって、それをお伝えすることであなたが彼女をより深く理解することを願います。


 彼女の見た目の美しさは言うまでもありません。まず目を引くのは背中まで伸びたアッシュブロンドの髪、もちろん地毛です。指を通すと滑らかで、毛先だけ少し癖がついて丸まっています。細くて量が多いから、つまむとくすぐったいです。肌は小麦色より大分白くて、猫みたいな形の目は薄いはしばみ色。見開くと、宝石みたいによく光を反射します。白い帽子とワンピースでも着せて、穏やかな微笑の写真でも撮れば、誰もが海外のモデルと勘違いするでしょう。


 身内の贔屓目を抜いても、久那は美人です。動かず、黙ってさえいれば。


 今、「うんうん、そうだよね」と共感してくれるあなたであれば、俺はそれをとても嬉しく思います。「え、そんなことは……」と思ったなら、心してください。まあ、そんなことはまずないと思いますが。彼女は猫を被るのが好きでも得意でもないですから。


 写真で久那を見て、実物を目の当たりにしたひとはまず、表情や仕草にギャップを覚えるでしょう。宝石のような瞳は常に半分閉じられ、眉はほとんど皮肉げにハの字に曲がり、口の端を片方だけ上げ、歯を見せて笑う……これが俺の前でのデフォルトの表情です。


 動作は常に大雑把で、欠伸するときも口を隠さず、椅子に座るときもかなりの頻度であぐらをかきます。ミニスカートでも構わず。テーブルに肘を突くのも定番で、何度注意しても直りません。言葉使いも乱雑、たまに丁寧な物言いをしたと思えば何故か古風です。


 趣味は電子機器工作や家具作りで、ウインドウショッピングに行くと言ってホームセンターへ向かい、電ノコと電ドリ売り場に三時間いても飽きないと豪語します。

 よく女の子だと、ぬいぐるみに名前を付けて話し掛けるって言うじゃないですか。久那はあれを、半田ゴテでやります。『アグニ』という火神の名を付け、色とりどりのビニテでデコって「アグちゃん、かわええ」と呟く様は狂気です(半田ゴテと火を結び付けちゃいかんでしょ)。


 服装だって、一番、というか唯一まともなのが制服です。白いワイシャツにチェックのスカート……ああでも、ブレザーを着てるのはほとんど見たことがない。ジャージかスカジャンを羽織って学校に行きます。割と校則が緩いらしいのですが……本当かなあ。


 さっき「白いワンピース」と書きましたが、久那にとって『ワンピース』と言えばツナギのことであり、衣類の調達先は下着以外百パーホームセンターです。「頑丈なのに安い!」と、瞳をきらきらさせる彼女にリアクションが取れない俺の気持ちを、察していただけますか?


 またあるときは「凄い靴を発見した! めっちゃ歩きやすい!」と差し出されたそれと興奮した美少女の眼差しのギャップに頭が痛くなりました。その『靴』がなんだか予想できますか?


 はい、地下足袋です。そりゃ歩きやすいだろうよ。足場の悪いところでも吸い付くかのようだろうよ。平然と学校へ履いていこうとする久那に「頼むからスニーカーにしてくれ」と懇願したのは言うまでもありません(ちなみに彼女にとっての『靴下』は五本指ソックスです)。


 久那ご乱心、と、俺がこれまでの年月で何度思ったことか。今思えば、幼稚園児のとき毛虫の群れをリュックに詰め込んで持ち帰ろうとしたことや、小学生のときサンタクロースを捕らえるためにトラバサミを自作したことなんかは、可愛げのある天然ボケだったと言えなくもないです。中学一年のときにベッドを『目覚ましと同時に電流が流れるように』魔改造したときだって、朝起きられず会社へ遅刻しそうになる俺のことを思ってしてくれたのだと思えば……つうか思わなきゃやってらんねーです。本当は優しい子なんです、と無理矢理にでも自己暗示にかけないと、家に帰れなかったであろう例は枚挙に暇がありません。


 これまで夜中リビングのテーブルでひとり両手で顔を覆い、幾度


「子どもの相手ってこんなに大変なの?」


 と絶望しかけたことか。そりゃ、世の中の親の大半は同じことを思ったことがあるでしょう。事情は家庭によって異なるし、どの家にもオリジナルな苦労があるはずです。そんなことは解った上で、敢えて言わせてください。


 俺の苦労しどころ、なんか違くね?


 ああ。すいません。段々愚痴になってきましたね。だけど俺はずっと、いくら頭が痛かろうが胃が痛かろうが久那がイタかろうが、彼女と向き合ってきました。いや、向き合って……はいないかも。少なくとも、世話をして……もいないか?


 …………ええと。


 とりあえず、一緒にいました。


 親でもない俺が子育てをできるとは思わなかったし、事実していません。久那とも、そういう約束でやってきました。だからこそ、まだしもやっていくことができました。


 あなたに同じことをしてくださいと言うつもりはありません。俺はただ、はじめに書いたとおり、久那が選んだあなたに、久那のことを少しでも深く知っておいてほしいだけなのです。


 これが俺のエゴであることは重々承知しています。だからこの先を読むことなく捨ててしまっても、俺はあなたを恨みません。


 ただし絶対に約束してほしいのですが……これを久那に読ませるのはやめてください。




 てゆーか久那。

 もしお前がこれを今読んでるんだったら、今すぐ閉じろ。捨てろ。燃やせ。


 読み進めたら、絶交だからな! マジで!

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