番外編

第25話 デッサン

登校した教室で待っていたのは、拍手と称賛だった。


「おめでとう、メグミ、松井君」

「すげえ、予言通りじゃね」


 なぜこのクラスの生徒はみんな朝早くに登校しているのか……

 メグミがある種連絡網のように、状況を広めたのはもう明白だろう。

 そんな心を読まれたかのように、


「嬉しさのあまり、メッセージを回しました……怒っていますか?」

「……いや、どうせすぐ知れるし」


 窓側の後ろに固まっている集団までも、悔しがりながらも拍手してくれていた。



 そんなクラスメイトの反応を嬉しく思っての午前中の美術の授業は、隣同士の2人で向かい合って互いの顔をデッサンするというもので……


「ありのままを描いてくださいね」

「……へ、下手くそだぞ」


 目の前でにっこりとほほ笑む様をそのまま表現できれば、いいのだけれど。

 丸くクリっとしたヘーゼル色の瞳に、艶のある滑らかなブロンド髪のツーサイドアップ。

 体型を見ても、モデルとしてメグミは魅力的だなと考えてしまい、一瞬手が止まる。


「どうしました? 顔が赤いですよ。もしかして照れてます?」

「て、照れてないよ。そっちこそ赤いぞ」


 時折、見つめられているのが恥ずかしくて赤くなっている自覚はある。

 だがそれは彼女も同じだった。


「お互い好きな人同士ですし、自然な反応ですね」

「そ、そういうこと躊躇なく言うなよ。卑怯だぞ」

「楽しい」


 メグミの頬の反応を描きながら、俺も心底反応してしまう。

 今日は普段以上に警戒していたのに、よりにもよってこんな授業があるとは思わなかった。

 俺だって楽しいけど、同じくらい恥ずかしい。


「ところで翔太君、放課後何か予定はありますか?」

「んっ……特にないけど、どうして?」

「ご家族にご挨拶をと思いまして……」

「……ちょっと急ぎすぎじゃないか?」

「そんなことはありません。県外の遠い場所まで会いに来て、私の両親に挨拶をしてくれた人もいますし」

「おいぃ、それ蒸し返しだから! 卑怯だぞ。なんだよ、その返し……」


 ダメだ。何か言おうものなら、即座にからかいのネタになる。

 にんまりとした憎たらしいくらいの笑顔を浮かべる彼女を見て、手にしている鉛筆が止まってしまう。いや可愛い、だから余計に憎たらしい。


「いいですか、お邪魔しても?」

「……両親は仕事で帰りが遅いから、今日会えるのは妹だけだぞ、それでいいなら」

「ありがとうございます」


 あれ、何か重要なことを忘れているような気がする。

 この時はメグミの表情観察に忙しくて、それが何なのかわからなかった。


「……」

「……」


 しばらくは鉛筆を動かすのに必死になる。

 時折こっちを見つめては、口元を緩めるその表情は完全に脳裏に焼き付いてしまった。

 キャンバスにありのままの気持ちまでも伝わるように筆を走らせる。


「出来ました」

「……俺も出来た」

「では、せいので見せあいましょう」

「は、恥ずかしいけどいいだろう」


 同じタイミングで描いた絵を相手に向ける。


「っ?!」

「っ?!」


 メグミのそれはほんとに自分かと思うほど、優しそうな雰囲気がでていて、それでいて顔を真っ赤に横を向いている俺が描かれていた。


「ず、随分と照れてない?」

「そちらこそ……」

「いや、俺、こんな穏やかじゃねえよ?」

「間違いなく穏やかで、時に喧嘩っ早いです。そちらこそ、わ、私を随分と美人に描いてくださったのですね……」

「そこじゃなくて、この真っ赤な顔の照れてる方に反応するところだってば」

「可愛いですかね、私?」

「……可愛い……んじゃね」

「J’aime(最高)」


 この日も大いにからかわれ、時に反撃した。


 放課後になり、当たり前のように俺たちは並んで教室を出ようとする。


「翔太よぉ、お前もはや完璧にリア充だな」

「煽るなよ……なんだ白石、慌ててるようだが、この後なにかあるのか?」


 俺たちを追い越して、下駄箱へと向かおうとしているらしい友人のことが少し気になった。


「いや、なあに……朝だけじゃなく、放課後も目の保養は必要だと思ってな」

「ああ……」


 どうやら例の子を見定めに行くらしい。


「翔太君の妹さんに会うのが楽しみです」

「武井さん、妹のこと覚えてるんだっけ?」

「名前!」

「いや、まだここ学校だし」

「2人きりですし、名前」


 たしかに廊下や下駄箱付近で何人かの生徒とはすれ違うものの俺たちの話など聞いている人もいないか。


「め、メグミ……」

「なんでしょうか?」


 呼びなれねえ……

 そして俺はメグミと妹が対面してから、ある重大なことに気づいたのだった。

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