第26話 幼馴染と妹

「お邪魔します」


 放課後、妹にメグミを紹介するからとメッセージを入れ俺たちは帰宅した。


「ここが翔太君の……」


 メグミは口元を緩めながら、くんくんと部屋の匂いを嗅ぎ始める。


「……」

「優しい、いい雰囲気のご家庭の匂いがします」


 えっ、匂いでそこまでわかるの?


「そりゃあどうも……」

「なんですかその顔は? まさかフェチ的なことを連想してないでしょうね?」

「ない、ないよ……両親は仕事で忙しくて、俺と妹の2人で普段食事はしてるんだ。適当に座っていて」


 少し高い紅茶を出そうと準備を始める傍ら、冷蔵庫の中身をチェックする。


「なにかお手伝いしましょうか?」

「えっ……それじゃあ戸棚からカップを……」

「わかりました」


 ソファに向かいあって、貰い物のクッキーを摘まみ対面しているメグミを見つめる。


「あら、何か緊張していますか?」

「し、してないよ」

「わかりました。異性をお家に招き入れたのは初めてなんですね」

「……よくもまあ次から次へと……うん、物心ついてからは初めてだと思うぞ」

「光栄です」

「あのさ……妹が帰ってきたら、あまり構わないでくれないかな? 兄の威厳というものがあるじゃん」

「まあ、それは、はい、お任せください」


 ほんとに任せていい物か……ふっと口元が緩み心底嬉しそうな表情を見せつけられると、不安になり、嫌な予感しかしなかった。



 1時間後、妹が帰ってくるとその予感は的中した。



「ただいま。お兄ちゃん、誰か来てるの? 玄関に靴が……」

「お邪魔しています」


 妹がリビングに顔を出すと、メグミはすーっと立ち上がり、軽く会釈する。


「なっ、ものすごい美人さん……はい、おくつろぎください……モデルさんですか?」


 明子はラケットケースを肩にかけたまま固まった。


「いえ、翔太君のクラスメイトでそれから……」

「おほん……メッセージ送っただろ、見てないのか?」

「うわっ、ごめん。この時間はもう部活してた」

「いや、俺の方も悪い……こちら、武井メグミさん」

「はじめまして、妹の明子です」

「美人になりましたね」

「えっ?」


 ああ、メグミは妹のこと覚えてるんだっけ。


「昔、遊んだことあるんだ。明子は小さかったから覚えてないだろうけど」

「そうなんだ……ところで、お兄ちゃん。この人が匂いフェチの彼女さんなんだよね?」


 空気が一瞬にして涼しくなった気がした。

 そうだ、そうだった。

 何か忘れている気がしたが、妹に釘をさしておくのをすっかり忘れていた。


「……しょうたくん、あれほど誰にも言うなと釘はさしたはずですよね?」

「はい……」


 自然と正座してしまったのは、勘違いだとわかってもらいたい気持ちからだ。


「なぜ、妹さんが知っているのでしょう?」

「そこは弁解させてほしいいんだけど、俺からは言ってないんだ。勘が鋭くて気づいてしまった」

「そういうのを言い訳と言うんです」

「はい……」


「うわっ、お兄ちゃんが尻に敷かれてる。新鮮だよ」

「誰のせいだ! お前、ちゃんとフォローせいや。そしたら今日の夕飯はハンバーグにしてやる」

「ハンバーグ! 食べ物で釣るとはお兄ちゃんも成長してるね。わかったよ……メグミさん、フランス語話せますよね?」

「Oui《ウイ》(はい)……」

「わっ、カッコいい。お兄ちゃん、真剣に覚えていました。お見舞いに行ったときなんて、あたしにすら事後連絡で、デートの時はド緊張で。ものすごく大切に思ってるんだなあって。これは応援しないとだなって」

「そ、そうですか……」


 みるみるメグミの頬が赤く染まり、恥ずかしそうに口元を抑えた。

 どうやら助かったには助かったようだな。

 しかしなあ……


「お、お前、そこまで言う必要ないわ」

「本当のことじゃん。たまに言ってあげると喜ぶと思うよ」

「……翔太君は照れ屋さんですからね」

「顔赤! どっちがだよ」


 お互いに顔を見合わせて、顔を伏せるとなんだか可笑しくなって口元が緩む。


「うわっ、うわっ、仲いいな。これが彼氏彼女な2人。勉強させてもらおう」


 妹の余計な一言を聞き余計に顔を赤く染めてしまう俺たちだった。

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