第23話 ☆初恋の人

 薄暗いマンションの部屋へと戻り、荷物を投げ出してベッドに寝転がる。


「ふっ……ふふっ……ふふふっ!」


 枕に顔を埋めて、今日の出来事を思い出すと自然と顔が緩み足をばたつかせた。


「ずっと好きだったんです……再会できてほんとに嬉しかったんです……大好きって言われるのがこんなに幸せなんだと初めて教えてもらえました」



 ☆☆☆



 幼稚園の頃、ハーフで他の子とは違う私を仲間に入れてくれるグループはなかった。

 引っ込み思案な性格だったこともあり、今とは違って笑顔もままならない私は独りぼっちだった。


「メグミ、もっと笑顔を見せてほしい」

「そうよ、ケイの笑顔はトレビアンなんだから……」


 父も母もよく笑っていた。幼な心にも両親が周りに馴染めずに元気のない私を勇気づけようとしてくれているのは察していた。


 でも日常を思うと――

 見えないところで、わからないところで、笑顔でなく涙を流していた。


 そんな私は、初めてあの小さな公園に行った時のことを今でも鮮明に覚えている。


 幼稚園では滑り台で遊んだこともなくて、みんなが楽しそうにしているのがうらやましくて――

 1度滑ってみたかった。


「うおおおぉ!」


 そこには、1人の男の子がいて、滑り台を逆走して上までかけ登って行く。

 だが途中で足を滑らせ、おかしな格好で滑り落ち砂場にしりもちをついた。


「ふふっ……だ、大丈夫ですか?」


 それがなんだかとっても面白くて、久しぶりに笑ってしまう。

 男の子はこっちに気づいてバツの悪そうな顔になった。


「く、くそう。みられた」

「ご、ごめんなさい」

「いや、おこってないよ……」


 私はじっと見つめる視線に思わず目をそらしてしまう。

 何を言われるのか、怖いと思った。だけど――


「この公園、小さいからいつも僕1人しかいないんだ。よかったら、一緒に遊ばない?」


 予想に反した提案だった

 そんなこと言われたことなかった――

 だから、一瞬言葉を失ってしまう。


「……」

「だめ?」

「ダメじゃない……いいよ」

「僕、翔太」

「私は、ケイ」



 これが松井翔太君との出会いだった。



「うわぁ、目と髪が綺麗だな」

「み、みないで」

「……なんで? すっごい綺麗なのに。いいなあ、僕もその色がいい」

「……ほ、ほんと?」

「うん……」


 彼は私の特別なところを誉めてくれた。

 友人・親友として接してくれて――よく笑う彼の顔が次第に頭から離れなくなっていく。


 当時の私はそれが嬉しくて、嬉しくて、毎日、毎日公園に出かけていった。


「最近、表情が明るくなったな」

「いい笑顔。トレビアンよ、ケイ」


 お父さんお母さんもいつもの心配しての笑顔ではなく、嬉しそうな笑顔を向けてくれる。

 心の底から、翔太くんという男の子に感謝した。


 翔太君は笑顔の少ない私に笑顔である事の大切さを教えてくれた人。

 翔太君は初めてできた友達であり、親友――

 そして、翔太君は私の初恋の人!



 引っ越しすることを知らされた時はなかなか彼に言い出せなくて――

 私自身、翔太君に会えなくなると言うことが受け入れられなくて、ずいぶん両親にも駄々をこねた。


 結局、意を決して言えたのが前日で……


「私、明日引っ越すの…」

「はぁ?」

「言い出せなくてごめんね」

「あしたはツチノコ捜しに行くって言ったじゃんか!」

「ごめんね、ごめんね」

「もういいよ、ばかっ、どこへでも行っちゃえ!」


 わかってた――

 翔太君も私と別れるのを嫌がって、淋しがって、でも意地を張ってしまって――

 遠ざけたんだってことは。

 それでも、翔太君を傷つけてしまったと思い、ずっと後悔してきた。



 ☆☆☆



「んっー……?」


 いつのまにか寝てしまったようだ。

 でもそのおかげで、またあの夢を見ることができた。


「目が覚めましたか、お嬢様」


 早苗はベッドの傍にいて、憎らしいくらいの笑顔を浮かべ小首を傾げた。


「なによ、来ていたなら起こしてくれてよか」


 いや、良くはないか……


「お嬢様、口調」

「おほん」

「翔太様のことを寝言で言っていたので、いい夢を見ているのだと思い……それに、なんだか今日はとってもいいことがあったみたいですし」

「……なんで知ってるのよ?」

「翔太様に護身術をお教えしてきたので」

「……マンツーマンで指導していることには触れないでおきましょう……翔太君、何か言っていた?」

「終始、顔を赤くして恥ずかしそうにしてました。今のお嬢様と同じように」

「っ?!」


 指摘されると、さらに顔の熱が上がった気がする。


「くふふ、英語の教科書、取り寄せておきました」

「……余計なことです。翔太君と席がくっつけられなくなるでしょ」

「やだ、お嬢様、可愛い!」

「う、うるさい……そんな態度をとるなら、なにがあったのか教えてあげないから」

「おほん、失礼しました。ぜひ、再会した幼馴染同士の恋バナをお聞かせください」


 早苗には、翔太くんと離れ離れになって、色々話を聞いてもらった。ときに泣いたり、不満をぶつけたり――

 諦めなかったのは、再会出来たのは、彼女がいてくれたからかもしれない。


「いいわ、あなたには話してあげる」

「お嬢様、口調……それでどんな恥ずかしいことが?」

「あなただって、口調」


 話は大いに盛り上がり、この日早苗はマンションにお泊りした。

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