第22話 告白

 気が付いたのはいつだっただろう?

 女の子のことを意識しだした小学校の高学年の時だったか――

 会えなくなって、会えないからこそ、どんどん気持ちは強くなり――

 一方的に怒って、別れてしまったあの日を後悔したんだ。





 夕暮れ時だった。

 彼女のマンションの前、俺たち以外に人はいない――

 じっと俺の言葉を待ち、静止している武井さんにゆっくりと言葉を紡いでいく。


「小さいころはわからなかったけど、今なら自分の気持ちがわかる……武井さんのことが、す、好きだ」

「っ?!」

「……」

「……」


 ちゃんと吐き出したけど、震えは増すばかりで――

 さらに赤みが増した顔をしている武井さんを真っ直ぐに見つめ、言葉を待った。


「…………すいません、もう一回言ってはもらえませんか?」


 それは聞こえなかったのか、もう一度聞きたいのかどっちなんだと眉間にしわを寄せつつも――


「……大好き、だ」

「こ、こっ、言葉を変えるなんて卑怯ですね」

「しょうがないだろ。は、恥ずかしいんだよ……」

「それは見ていて楽しいです」

 

 ヘーゼル色の瞳に涙をためた彼女はゆっくりと近づいてくる。

 そのまま俺の肩に顔をくっつけ震えだした。

 その姿を見た俺はやはり迷ったが――

 今度は背中に手を回した。


 両手に持っている買い物袋がくしゃりと音を立てる。


「……」

「武井さんは俺をどう思ってるの? 言わないのは超卑怯」

「……Je t'aime」

「えっと……」

「……大好きです」

「お、おおっ……」

「……あの日から、気持ちにはなんとなく気づいていました……でも、不安で、苦しくて……おかげで昨夜はあまり眠れませんでした」

「ごめん……」

「謝る必要はありませんよ。翔太君のこと、小さいころからずっと、だいすきです」

「……そ、そう……なんだ」

「反応が薄いですね、それ卑怯」


 武井さんの目からは涙がこぼれ、口元を心底緩んでいた。


「親父さんとの約束、早くも破る結果に」

「……これはうれし泣きですからいいんですよ……翔太君は泣くほど嬉しくないんですか?」

「身震いするほど喜んでるんだけど……」

「なら、それを態度で示してほしいですね」

「……後悔するなよ」


 武井さんをぎゅっと抱きしめると、ブラウン色の髪からシャンプーと体臭の混ざった甘い香りが鼻腔をくすぐり、またも本能を刺激される。

 数日前の壁ドンが頭をよぎった俺は――


「んんっ!!!」

「……」


 気づいたら彼女の口を塞ぎ、我に返った時には武井さんはそのヘーゼル色の瞳を大きく見開いていた。


「ああ……ご、ごめん……つい、あの……殴っていいから」

「……不意打ちとは、超絶卑怯なり……もう何言ってるの! 怒ってないから」

「あっ、口調が……」

「おほん……あの……1つお願いがあるんですけど」

「なに?」


 武井さんは意を決したように強い瞳で見つめてきた。


「……名前で呼んでほしいんです。翔太君だけ他人行儀なのはやっぱり卑怯で」

「ああ……名前か……」


 そういえばいつの間にか翔太君って呼ばれてるな。

 女子を名前で呼んだこと、物心ついてからないからな……意識しただけで……


「め、めっ、メグミ、さん……」

「さんは無しでお願いします。そんなに顔を赤くしなくてもいいですよ……」

「これ、慣れるまできつい……クラスでは武井さんのままで、2人の時は名前で呼ぶ、よ」

「では、これを……」


 満面の笑顔で武井さんは例の予言カードを渡してくる。

 2枚目か。可愛い予言者だと言うこともつい忘れてしまうな。


 ゆっくりと裏返してみると――



『翔太君が大好きと言ってくれます。私も大好きと返します』



 白肌に戻りそうだったにも関わらず、再び赤面してしまった。


「……2つ目の予言も的中された」

「因みにキスしてくれたのは予想外で、そこは予言できませんでした」

「うわっ、うわあぁ。蒸し返すし……それ卑怯だから」

「楽しい……翔太君、今日はありがとうございました。また明日からもよろしくお願いします」

「こっちこそ、よ、よろしく、武井さん」

「名前」

「……メグミ」


 新たなからかい要素を得たとご機嫌な様子で彼女はゆっくりとはなれる。

 やられっぱなしはよくないよなと思い――


「今日の服装と髪型、すごく似合ってるよ」

「っ?! な、なんで今なんですか!……卑怯でずるいです」


 最後に一矢報いることができ、武井さん、いや――

 メグミとのド緊張のお出かけは忘れられない日となった。

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