第21話 お出かけ
両親は買い物に出かけ、今日も朝食は妹と一緒だった。
明子はテニス部の練習試合らしい。
「全員、ぶったおす……わぁ、ホットサンド美味しい」
「……そいつはよかった」
「んっ、お兄ちゃん、食が進んでないよ。ちゃんと食べなさい」
「朝から元気だなあ、お前……」
「そりゃあね。気持ちで負けちゃダメって教わってるから。気合い入れていこうね、お兄ちゃん」
「いや、俺、試合じゃないし」
「試合よりも大事なことでしょ。負けるな。ファイト、お兄ちゃん」
「……」
今日のことは出掛けるとしか言っていない。それなのに――
宿泊してきたことで、勘のいい妹は察しているのだろうか?
「サービスゲームは自信あるんだけど、レシーブの時がねえ……リターンエースなかなか決められなくて」
そんなことを言いながら素振りをする妹と日曜にも関わらず一緒に家を出た。
からっと晴れたいい天気で、絶好のテニス日和であり、お出かけ日和。
気持ちを高めながら、すでに心はドキドキさせながらも、待ち合わせ場所である近所の小さな公園へと向かう――
遠目からでもベンチに座っている武井さんのブラウンの髪は目立っていた。
その傍には男が2人……
ナンパされている様子を見れば、人目に付く容姿だと再認識させてくれる。
「……Bonjour、翔太君」
「Bonjour、武井さん」
早足になりながら近づくと向こうから挨拶してくる。
待ち合わせだったのかと舌打ちをしながら、2人組の男たちは遠ざかって行く。
問題にならなかったことに安堵するべきだけど、それよりも――
「ちょっとはやくない? 俺、30分前に来たんだけど」
「待たせてはいけないと思いまして」
からかうように、微笑むその姿に思わず目を逸らした。
彼女の目の下に少しクマが出来ているのは早起きのせいだろうか?
「……そ、そう……」
「どうしたのですか?」
わかっているくせにわざわざ聞くとは卑怯だ。
武井さんは白のワンピに水色のカーティガンを羽織り、髪型も初めてみるポニーテール――
その私服姿と髪型に目を奪われていたことはお見通しのはず。
なら、こっちも面と向かって褒めたりはまだしないでおこうと決意する。
「では、ツチノコ捜しに」
「ええっ!」
「というのは冗談です。お互い成長したので、それなりのところに……」
「……どこへでも付き合うよ」
ツチノコ捜しは小さいころしていた約束。それを口にしてくれたことが、なんだかすごく嬉しくて身震いが止まらなくなる。
「楽しい」
そんなからかいの先手を取られてしまった俺は、彼女と並んで歩く。
電車に揺られること30分。
今日の武井さんはいつもより笑顔が5割増しで、さらに卑怯さが増していた。
「もう少しよっていただかないと……他人同士になってしまいますよ。それでもいいのですか?」
「くっ、卑怯」
「翔太君、見てください。カップルが多いですね」
「……」
「私たちって、どうみられていますかね?」
「……し、しらねえよ……」
どこに行くのかと思ったら、アウトレットモールがある駅で彼女は席を立つ。
車内の大多数が降り、駅前から人が溢れていた。
「混んでいますね……」
「ああ、今日は日曜だしな」
油断すると、人の波に飲み込まれてしまいそうだ。
「……手を繋いではくれませんか?」
「……それってはぐれないためだよね?」
「もちろんです。なにか緊張していますか?」
「くっ、先を越された……」
「甘いです」
むっとしながらも武井さんの掌を掴んで握り閉めた。
手から伝わってくる体温で、顔から湯気が出そうなほど真っ赤になってしまったことだろう。
「同じか……」
武井さんの顔も赤くなっていた。先に言われるのが癪だったのでボソッとつぶやく。
「卑怯……」
そんないつも以上に恥ずかしいやり取りをしながらの買い物。
「翔太君の服装はラフな感じで悪くはありませんが、たまにおしゃれをすると気分が変わりますよ」
武井さんはだらしなく口元を緩めた笑顔で俺のコーディネートを始める。
自分では選択しない柄や色合わせで、すごく新鮮で途中からはこっちも楽しくなり――
ズボンやシャツ、ジャケットに靴まで買い込むこととなってしまった。
お昼に立ち寄ったイタリアンのお店では、次に向かう場所を武井さんは楽しそうに語りだす。
「次は美容室にいきましょう」
「お、おう」
「翔太君は好みの髪型とかありませんか? あっ、女性のです」
「……特にないよ。似合ってれば……」
武井さんが楽しそうに微笑むのを見て、こっちもつられて笑顔になってしまう。
やっぱり卑怯だよな。小さいころは、いや、出会った頃は逆だったのを覚えてる。
武井さんを笑わせようとして、ちょっと苦労したのを思い出した。
「どうかしましたか?」
「いや、なにも」
「その、顔は怪しいですね。また、卑怯なことを考えているんじゃありませんか?」
「楽しいな」
「……そ、それは私の台詞です。取らないでください」
美容室には物心ついてからは初めて入った。
武井さんの行きつけのお店らしく、髪形の要望について、彼女は詳細に美容師さんに指示を出す。
普段は千円カットで済ましているので、会計時の値段には少し驚愕した。
あっという間に日は暮れて、最寄りの駅から並んでの帰り道――
俺はかなりそわそわしだしていた。
武井さんは武井さんでこちらの様子をうかがうように、そのヘーゼル色の瞳を何度も向けてくる。
「……」
「……」
だが、時間が経つにつれ、武井さんが住んでいるマンションが近づくにつれて、その表情から笑顔が消えてきていることに気がついてはいた。
いつものからかいもなく、帰り道はなんとなく気まずい空気が流れだす。
「あのさ……」
「なんでしょう?」
「い、いや……」
「……」
こんなやり取りを何度も繰り返しているうちに、マンションが見えてきてしまった。
「送っていただいてありがとうございました」
「今日は楽しかった……」
心臓の鼓動が脈打ち、顔を見て話すことすら出来なくなるほど緊張していた。
「なにか、お話がありませんか?」
「っ?!」
そんな絶好の振りにも言葉が詰まり、出てこない。
「……それでは、また明日学校で……」
「あっ、そうだね……」
どことなく淋しそうな彼女の姿を見て、胸が苦しくなるがそこで別れた――
自分の家の方に向かおうと何歩か進んだが、意を決して引き返す。
「武井さん!」
「は、はい……忘れものですか?」
玄関に入るところを少し大きな声で呼び止めた。
膝ががくがく震える。
怖くて、逃げたくなるけど、ここは逃げたらまた後悔するかもしれない。
「話があるんだ……」
武井さんの少し赤みが差した顔をじっと見つめ、自分の気持ちを言葉にしようと両手を握りしめた。
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