第10話 謝罪

「腹いせですか、先輩。みじめですね」

「その口の利き方はなんだ?」


 落ちていた細い木の枝を踏みしめポキッと乾いた音がする。

 相手は安い挑発に、心底イラついたように俺に睨みを効かせた。


 4人か――

 それだけじゃない。武井さんが傍にいるこの状況――

 つまり圧倒的不利。


 近くでお弁当を食べていた生徒もこの場の空気を感じ取り、離れていく。

 誰かが教師に言いに行ったとしても、5分くらいは掛かるか。

 あっ、意外と冷静だな、俺。



「せっかくの時間が台無しです。今度からお断りするときは往復ビンタをした方がいいのでしょうか?」



 武井さんは全く動じず、怯える様子もなく、ベンチから立ち上がると俺の隣に並ぶ。


「ちょっと、後ろにいてよ」

「そういうわけにはいきません。何度も助けてもらってばかりでは申し訳ないので。あっ、授業中は別ですよ」

「……肝が座ってるね。俺から離れるなよ」

「もっとそばに寄りましょう」


 じりじりと近づいてくる先輩方。


「よお、翔太。なんだよ、派手に絡まれてるな」


 空気を読まない白石の声が背後の校舎から聞こえてきた。


「白石……お前、こういう匂いを嗅ぎ分ける鼻いいよな」

「褒めんなって。手ぇ貸すぜ」


 何の躊躇もなく、二階の窓に足を掛けると芝生にピタリと着地してみせる。

 あっ、やばい。カッコいいなこいつ。

 1人増えたことと、2階から飛び降りてきたことで相手側は少しひるんでいた。


「お前が居たの、部室棟じゃねえか。そんなところで昼食ってんの?」

「野暮なこと聞くなよ、友達が異性とお昼を食べている様子を恨めしくみてたってやつよ」

「うわっ、それ怖いぜ……止めないのか?」

「いやあ、2度目は許しちゃだめだろう」


 その声がゴングとなり、向かってきた1人の先輩。それを思い切り蹴り上げた白石。

 勢いよくその人は地面に転がる。

 

 俺の方に伸びてきた手は親指のみを強く握って膝をつかせる。

 武井さんの方に近づいてきた方には、向う脛を爪先で思い切り蹴ってやった。


 ただ驚いたのはここからで、足を抑え悶絶していた2度も告白に失敗した残念な先輩が隣を見た途端、武井さんが素早く屈んで、背負いの体勢に入っていた。

残念な先輩はまるでスローモーションのように宙を舞っていた。


「ぐえっ!」


 と、コンクリートに酷く叩きつけられ奇妙な動きをするアホな先輩。

 それを心底哀れな目で見降ろす武井さんの笑顔が記憶に焼き付いた。


 一本背負い――


 あっ、動じず怯えてもいない理由がなんとなくわかった。


「松井君、強い女の子はお嫌いですか?」

「いや、どっちかといえば好きかもしれない」

「それは、それは光栄です」


 その光景を見た俺たちは暫し呆然。

 その間に駆け付けた教師たちによって4人の上級生はどこかに連れていかれた。


 俺たちはというと、優等生である武井さんの証言により厳重注意で済むこととなった。

 それでも仲良く職員室で怒られたが。


「白石君、ありがとうございました」


 武井さんは白石に対し丁寧にお礼を言う。


「いやいや、危ないことがあればこの白石がいつでも駆け付けますよ。翔太が嫉妬するんで、先に教室に戻ってます」


 俺は頼りになる友達の離れていく姿を見送りながら、両手を握りしめる。


「松井君もありがとうございました。相変わらず、喧嘩っ早い……ごほっ、ごほっ。いえ、なんでも」

「武井さんってケイなの?」


 意を決して、勇気を出して何とか吐き出した。

 たったそれだけの言葉なのに、体が異常なまでに震えだす。

 その問いの答えを聞くのは、嬉しくもあり怖くもあった。


「っ?! 今日はもう聞かないのかと思ってました。そうです、私、松井君の幼馴染のケイです」


 柔らかい物言いで、武田さんは静かに言葉にする。

 すぐには顔を上げられなかった。涙が頬を伝い廊下をほんの少し濡らす。


 あの時からずっと会いたかった。

 後悔してた。

 それに俺は――


 だから、余計に現実を受けいれられなくて、喧嘩腰になって別れてしまったんだ。

 本人というなら、言わなきゃ、ずっとそう思ってきたんだから。

 涙をぬぐい、


「あの時はほんとにごめん」

「私の方こそ、ごめんね。君」


 顔を上げると、涙を流しながら笑顔を浮かべている武井ケイさんがいた。

 俺はこの日、再会した幼馴染にようやく謝ることができたんだ。

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