第9話 確かめたい
昨夜、近所の家を回ってみたが、武井という表札は発見できなかった。
彼女が嘘を言っているとは思えないが、名前も含めて謎が増え、首をかしげてしまう。
そんな気持ちから、今日は少し早く家を出る。
近所にある小さな公園のベンチに腰掛ける。
両親が共働きなこともあり、幼いころは毎日のようにここに足を運んでいた。
いつも当たり前のように傍にいたケイ。
ほんとによく一緒に遊んだと思う。
いい思い出がたくさんあるけど、苦い思い出も残っている。
確かめなきゃいけない。
もしそうなら、一刻も早く謝罪したかった。
1人ベンチに座り、決意して学校へと向かう。
「翔太、今日もはええな。さては武井さんと喧嘩でもしたか?」
コンビニの前で白石が声を掛けてきた。
どうやら性懲りもなく今日も他校の生徒で目を潤すらしい。
「そうじゃないんだけどな。なあ武井さんって」
なんて予言をしたのか? それを尋ねれば抱いている疑問が少しは晴れるかもしれない――
「――教えたら面白くありませんから」
だがそれ聞いたら楽しみを奪うような気がして、なんとなく気が引けた。
恥ずかしい内容かもしれないとも思うし、やっぱり聞けないか。
「どうしたよ、何か聞くんじゃないのか」
「いや、やめとくわ」
この後、駅前で白石は好みの女子生徒を発見したらしく、
「あの子だ。俺はあの子に残りの高校生活を捧げるぜ」
さらに元気が出た様子で学校に登校する。
武井さんはすでに登校していた。
ぴんっと背筋を伸ばした彼女は、俺に気づくと、
「Bonjour(ボンジュール)、武井さん」
「Bonjour(ボンジュール)、松井君」
フランス語の挨拶をし、続けて言葉を出そうとしたが喉につかえたようになかなか出てはこない。
「発声が綺麗になりましたね」
「ちょ、ちょっと勉強したんだ」
「まあ、勤勉ですこと」
「……」
ぐわっ、本人を前にするとこんな緊張するものか。
「あらあら、いつになくそわそわしていますね。何かありましたか?」
「色々とね。た、武井さんの名前って、本当にメグミなの?」
「メグミですよ。それが何か?」
武井さんの口元が心底だらしなく緩む。
それは心の底から今を楽しんでいるようなそんな魅力的な笑みで直視すると色々やばそうだった。
「いや、別に……」
結局朝は聞けずじまい。
そして授業中は……
「困りました、困ってしまいました。数学の教科書は私のお世話係に没収されてしまったんでした。あのう松井君……毎回本当に申し訳ありませんが……」
「そう思っているなら、なんでニヤついている?」
「常に笑顔は我が家の家訓です」
「……困っている人がいたら助けなさいが我が家の家訓だな」
「私、困っています」
ということで、今日も武井さんと机をくっつける。
クラスメイトの視線は昨日1日でそれほど気にならなくなっていた。
「あのさ……」
「なんでしょうか?」
「いや……なんもない」
何度も聞こうとしても、訊くことができない……
武井さんってケイなの?
この質問をするだけなのに……
それが、で、出来ない。
いっそ、メモにでも書いて渡そうかとも考えたが、それはなんか違うだろうと行えず……
何も聞けないままお昼を迎えた――
「松井君、今日は天気がいいので外で食べることにしましょう」
「もはや俺に拒否権はないだろう」
拒否するようなら、クラスメイトの冷ややかな視線を途端に浴び、何をされるのか想像できない。
「拒否したいんですか?」
「いや、したくない……」
校舎裏にあるベンチに並んで座り、お弁当を食べ始める。
武井さんのお弁当はサンドイッチに唐揚げだった。
俺のは自分で作った生姜焼き弁当。
「良かったら召し上がれ」
「……じゃあ遠慮なく」
ハムレタスサンドは少しブラックペッパーが効いていてすごく美味しかった。
「うまい……」
「よかったです。早起きした甲斐がありました」
武井さんが作ったのか。
「……あのさ、武井さんってもしかして……」
言えそうだった。言えそうだったのに――
武井さんに向かってサッカーボールが突然飛んできて、反射的にそれを止めた。
俺の弁当が無残にもコンクリートの上に落ちてひっくり返る。
それを喜ぶように4人の生徒が近づいてきた。
その1人には見覚えがあり、武井さんに2度も告白したあの先輩だった。
「おーおー、見せつけてくれちゃって」
「いいよなあ、クラスメイトは仲良く出来て」
もしかして、こいつらみんな振られた先輩か。
俺は顔を伏せたまま立ち上がり、武井さんの前に出る。
ほんとにみっともねえ。
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