第7話 帰り道

「ほんとに家、近所なの?」

「疑い深いですね。松井君は私と仲良くなりたいと思っているのでしょう?」

「まあそうなんだけど」

「それならば、こうやって一緒に下校することはむしろ喜びのはずではありませんか?」


 たしかにこんなハーフ美少女と一緒に帰れることなどそうあることではない。

 学校中までその存在が知れ渡っているからか、ただ単に目を引く美少女だからなのか、周りの視線を痛いほど集めた。


「メグミ、松井君、ごきげんよう」

「ごきげんよう」

「ご、ごきげんよう」


 松井さんが親しくしているクラスメイトは俺たちを追い越して、運動部の練習へと向かっていく。


「向こうから帰りましょう」

「えっ、ああ……」


 校門を抜けるとすぐに、武井さんは俺の袖を引っ張り、路地に入るように促した。

 この道は自宅へは少し遠回りだが、人目を避けるにはいいかもしれない。

 彼女はなんだか妙にうれしそうに歩いていく。


「松井君は部活動には入らないんですか?」

「まだ完全には決めてないな。武井さんは?」

「私も考えています」


 武井さんのすぐそばを歩いていると、昨日と同じシャンプーと体臭の甘い香りがして――

 さらに意識してきてしまった。


「見つめてます? どうかしましたか」

「ご、ごめん、近かった。もうちょい離れる」


 小首を傾げながら笑みを浮かべる武井さんにドキっとする。

 ヘーゼル色の瞳にブラウンの髪のハーフってだけで思うことがあるのに、そう何度も近距離を体験すると理性を保てない。


「松井君は極端ですね。仲良くしたいと言っておきながら、こうして傍にいるのにぎこちなくて」

「極端はお互い様だろ」


 気恥しくて視線を逸らした時だった。


 ゴンっ!


 と、音がした。


 慌てて武井さんの方を見ると、


「ううっ、卑怯な……」

「ちょ、大丈夫? 俺は何もやってないぞ」

「卑怯な、卑怯な」

「そんな恨めしそうにいわれても……また口調が……」

「おほん、誰かに言ったりしたら、わかってますね?」

「可愛いで済まされると思うけどなあ」


 釘をさすと言うことは、お構いないしにさらに近づこうとしたのかな。

 匂いフェチだというのをつい忘れてはしまうが。


 涙目になっている彼女に近づいて怪我をしていないか確認する。

 額が赤く膨らんでいるけど、出血はなさそうだった。


「Merci beaucoup(ありがとう)」


バツの悪そうな顔で武井さんは視線を下げた。


「気を付けなよ。あんまり近づくから罰があたったのかも」

「それは、まさか、昨日のことを蒸し返そうとしているわけじゃありませんよね?」


 痛みからか少し涙目になっているのを見て、心臓が高鳴ってしまった。


「そ、そんなつもりはない」


 こんな感じで、自宅が近づくまでは教室とさほど変わらない距離感でドキドキ具合も変わらない。 

 たわいもない話をしながら、自宅へと近づいて行っていた。


 だけど、それは突然に脳裏に過る。



「小さいころの記憶ってどのくらい覚えていますか?」



 不意に武井さんはそんな言葉を発した。

 まるでそれを言いたくて、待っていたようにも感じる。


「えっ? 幼稚園くらいからなら覚えてることもあるけど……」

「私はね、小さいころある男の子に救ってもらったことがあるんです。今でも鮮明にその子のことは覚えています。なんでそんな話をするのかって顔ですね?」

「突然語り始めるからだよ」

「必然です。松井君には少しだけ聞いてほしかったんです。あっ、もうここでいいですよ」

「ここは……」


 俺が幼いころよく遊んでいた公園だった。

 滑り台1つとベンチしかない家の近所の小さな公園。


「想いって届くと思いますか?」

「えっ?」


 俺のポカーンとしたぼけずらに武井さんはお腹を抱えて笑いそうになっていた。


「A demain」


 彼女は満足した様子で俺に背を向ける。

 俺の混乱中の脳裏ではと目の前の武井メグミさんが一致しかけていた。

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