第6話 一変した状況
先の未来のことを話したと可愛い予言者さんは言った。
なんだろう、昨日の放課後から武井さんが別人に見える。
何を言ったのかが気になり、隣の席をついちらちらと見てしまう。
「俺にまで視線が集まっている気が……」
「顔がまた赤いですね」
「なんか武井さんも顔赤くない? ……恥ずかしいという言葉を知ってる?」
「誇らしいという言葉を知っていますか?」
思わず顔を向けると、ヘーゼル色の大きな瞳に見つめられた。
し、質問に質問で返すとは卑怯な。
避けられることもなくなった。それは昨日まで望んでいたこと。
だけど、今日はお隣とは関わらない方がいい。
そんななんとなくの危険を察知した。
だから、チャイムが鳴った瞬間に机を少し遠ざける。
昨日とは真逆のことで、なんだか自分で心底可笑しく感じてしまう。
「そう来ますか、往生際が悪いですね」
ふっと柔らかい笑みを浮かべた武井さんはいつものお嬢様だった。
その笑みは昨日のことを思い出すと、仮面じゃないかと疑いたくなる。
だが、それでもやはりドキッとしてしまう。
これは休み時間は教室に居ない方がいいな。
1限目が始まったときには、すでにそんなことを考えていたのだが――
「そうでした。英語の教科書は愛犬に食いちぎられてしまいました」
「はっ?」
愛犬ってチワワとかじゃないの!
「困りました。困ってしまいました。松井君、すいませんが教科書、見せてはくれませんか?」
「そんなとってつけたような理由で?」
「先生、申し訳ありません教科書がなくて、お隣に見せてもらっても構いませんか?」
「テストに支障がないよう、松井君、机をくっつけて見せてあげなさい」
武井さん、授業中はいつも真面目で積極的に手を挙げているので、教師の評価が異常に高いだろうとは思っていた。
周りの生徒はくすくすと笑っていたり、悔しそうに机をたたいていたりと様々だ。
「は、はい……」
先ほど離したばかりなのに、元に戻すどころかさらに近づける羽目になるとは。
「言ったはずですよ。どんどん話しかけてくださいと。そしてあなたは了承した。そうですね?」
「近いよ。いや、そうだけど。なんて予言したのか聞いてもいい?」
「それは教えられません。教えたら面白くありませんから」
「……いいよ、なら誰かに聞くから」
「あらあら、恥ずかしいのでしょう。お聞きになれます?」
「……くっ、何かずる賢くないか?」
「joyeux《ジョワイユ》」
武井さんは体を震えさせて、またも意味の解らないフランス語を口にした。
なんていったのだろう?
避けられていると思ったら、昨日の放課後みたいなことが起きるし。
俺だけ朝登校していないときに、変な宣言してしまったみたいだし。
「なにかお困りでしたら、お助けしましょう」
「困らせている本人が何を言う!」
思案顔になっていたところを、武井さんは自然に体を寄せてくる。
脳裏に昨日の出来事が蘇る。
「そんな人を悪者みたいに言わないでください」
「そんな悪く言ってないぞ、ただちょっと混乱してる」
「そうですね。ならいい方法があります」
「どんな?」
「どんどん私とお話ししましょう」
「……」
この後は散々だった。
ことあるごとに、武井さんは声を掛けてきて休み時間であろうと、女子グループの談笑している空間に入れるとか、お昼をご一緒にとか――
クラスメイト全員の前で、恥じらうことなく俺を誘う。
周りの視線が突き刺さり、断ろうものなら俺が袋叩きにでもされそうな雰囲気。
もう、勘弁してくれませんか?
今日も嵐のような1日だった。
俺だけが避けられるというのを回避したと思ったら、今度は今度でドキドキしすぎて倒れてしまう。
帰りのホームルームが終わると同時に鞄を持ち退散しようとしたが――
その行く手を阻むように、クラスメイトが壁を作った。
「ちょ、なに?」
「おほん、松井君とはお屋敷がご近所みたいなので、帰りもご一緒出来たらなと思っています」
そんな柔らかな口調が背後から聞こえる。
「ご近所……嘘でしょ」
「C'est vrai(本当ですよ)」
武井さんはフランス語で、にこやかに答える。
クラスメイトのごきげんようの挨拶を受けながら、結局帰り道も彼女と一緒になってしまった。
嬉しいと同時に何か嫌な予感がする。
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