第5話 ハーフの予言者さん

 突然壁ドンして、今後避けることはないと宣言したハーフの女の子。

 原因はよくわからなかったけど、自分だけが避けられる状況は回避したと言っていい。

 だが、それは新たな問題を引き起こした。



 これほど学校に来るのが憂鬱になったことが今まであっただろうか?

 現場を目撃した白石は中学の時からの知り合いだ。

 明るくいいやつで親友と言ってもいいだろう。


 だがあれほど口の軽い人をみたことがない。

 内容が内容だけに簡単に喋るとは思わないが――





 足取りが重く、いつもより登校に時間を費やしてしまったが、まだチャイムには余裕があった。


「なんであいつばっかり……あっー、でも、恨むのはお門違いだよな」

「ともに行く末を見守ろう」

「万歳」

「うおおぉ、認めたくねえ! こんちくしょう、羨ましい」


 珍しく教室のドアが閉まっていて、中からはすすり泣く声とやたら元気のいい声が入り混じって聞こえてくる。

 なんだか嫌な予感しかしない。


 その予感通り、一歩踏み入れた途端に一斉に視線がこちらに向いた。


「松井君、おめでとう!」

「いいなぁ、いいなぁ」


 前の席のクラスメイトが興奮した様子で拍手してくる。


「えっ、えっ?」


 その何だか熱量の高い反応に困惑するしかない。


「えっー、以上で武井さんからの重大発表を終わります」


 教壇には武井さんと仲良くしている女の子が終わりの挨拶をし、こっちを見てほほ笑んだ。

 理解の範疇を超えていて、状況を把握できない。

 教室内は少し賑やかとも思えるざわめきが各所で巻き起こっていた。



 何かの集会だったか? 

 窓側付近には、現実を受け入れないとばかりに男子の何人かが涙まで流している。

 膝から崩れ落ち、床を叩いてる人もいる。

 後方には女子グループがいて祈りを捧げたりしていて……


 壁付近では何人かが壁ドンを演習していた。

 それを見ると、昨日の記憶が蘇りドキドキしてきてしまう。

 いや、男子に女子が壁ドンしてもらっている様なんだけど――

 そこに違和感が芽生える。


 どこかいつもと違う雰囲気に不安を禁じ得ないが、自意識過剰と処理し……

 出来るか!


「……」


 そんな周囲の状況下でも武井さんは背筋を真っ直ぐ伸ばして、気品を醸し出しながらすでに椅子に座っていた。

 その姿はいつもと特に変わった様子はない。

 ハーフの美少女だと一目でわかるネイビーの瞳とブラウンの艶髪。

 どこか色っぽく見えるのは、頬が赤く染まっているからだろうか。


 それをみると、脳裏に完全に記憶が蘇りこっちまで顔を朱に染めてしまう。


「Bonjour《ボンジュール》、松井・・君」

「うわぁ、なんて滑らかな……いや、うん、おはよう」


 このクラスの皆はこんなドキリとする挨拶を毎日されていたのか。

 思わず顔を見てしまう。その瞬間、真っ直ぐな瞳がこちらの目をつかんで離さない。

 いや、これは――まずいというか、いいな。


 そしてどうやら、ほんとに避けることはしないらしい。


「Bonjour《ボンジュール》、松井・・君」

「えっ、何で繰り返すんだ?」


 と、思いつつも


「ぼ、ぼんじゅーる。武井さん」

Merciメルスィbeaucoup.ボクー


 武井さんは目が細くなり口元を緩める。心底嬉しそうだった。

 昨日の放課後と言い、まさか、からかわれてはいないだろうな?

 そっちがそうくるなら――

 いけない、いけない。意地悪して避けたい気分になってくる。


「よー、翔太。やっぱり朝から熱いじゃねえか! こんちくしょう」

「なんで涙目なんだよ……僕と武井さんはそういう関係じゃ」

「みなまでいうな。ちゃんと武井さんが誤解しないようにみんなの前で説明してたぜ」

「なんだよ、それを先に言ってくれ」


 だが返ってきたのは予想しない言葉だった。


「いやいや参った、参った。泣かせたらゆるさねーぞ、こんチクショウ」


「はっ?」


 つい間抜けな声を出してしまう。

 隣の席の武井さんはドヤ顔をなぜか作っている。


 あれ、これもしかして、何か嵌められてない?


「武井さん、どんな説明したんだよ?」

「昨日のこと、そして少し先の未来のことを皆さんの前でお話ししました」


 武井さんはさらにどや顔になり答えた。

 意味が解らないぞ、可愛いインチキ臭い予言者さん!

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