第3話 その時は突然に 

 翌日は少し早く家を出る。

 相談する相手など限られていて、クラスメイトで話せる奴と言ったら1人しかいない。

 思った通りというべきか、中学からの親友である白石と通学途中で一緒になった。


「駅前から行こうぜ。他校の美女が拝める」

「そんなことのために、いつも早く家を出てるのかよ……」

「目の保養は大切なことだぜ。武井さんがどれだけポイント高いかそこで見定めろや」


 鋭いのか、鋭くないのかわからないそれが白石だ。


「お、おう……その武井さんに俺はなんで避けられてるんだろうか?」

「そんなもん、俺がわかるかよ。ははーん、それでいてもたってもいられなくてか。男なら当たって砕けろって言葉があるぜ」

「んっ、いいかもしれないな」


 ちょっとやり取りしただけで、不思議と心の迷いが晴れた気がする。

 朝から無駄に元気な親友に感謝した。




 何かしなければこのままずっと――

 もしかしたら卒業まで避けられたままかもしれない。

 そんなことになれば絶対にまた後悔する。


 ハーフ属性はたぶんないと思うけど、このままの関係はすごく嫌だった。


「Bonjour《ボンジュール》、武井さん」

「……」


 まずは朝から覚えたてのフランス語を披露してみる。

 武井さんは目を見開いて反応してくれたけど、言葉はやはり返ってこない。


 それでもくじけることなく、授業中にも積極的に話かけてみる。

 とにかくなんで避けられてしまったのか、関係を修復するためにもその理由を知る必要があった。


「武井さん、好きなスポーツってある?」

「……」

「テレビはよく見るの?」

「……」

「来年の干支ってなんだっけ?」

「……丑です」


 哀れだと思ってくれたのか、最後にようやく干支だけ答えてくれた。

 もちろん目は合わせてはくれない。

 この調子で休み時間も話をしようと、教室を出ていく武井さんの後を追い廊下に向かう。


「武井さん、部活って何か入るの?」


 彼女しか視界に入っていなかったため、上級生が傍にいることに気づかなかった。


「なんだ1年、武井さんにちょっかい出そうとしてるのか?」

「えっ……いえ、ちょっかいというわけではなく、話をしたいだけで」

「今、取込み中だ」


 どうやらまた告白されているらしい。

 本当に人気者だな。

 だが、目の前の先輩に俺は見覚えがあった。


 武井さんを見ると、助けを求めるように潤んだ目で俺を見つめてきていた。

 それは気のせいかも知れない。勘違いかもしれないが、放っておいていいという結論にはならない。


「えっと、嫌がられているみたいですけど。もしかして振られたのに、また同じ話してません?」

「……なんだと?」

「しつこいと嫌われますよ」


 自分で言っておいて、自分に返ってきそうなセリフだ。

 周りで見ていた生徒たちがガヤガヤしだす。

 名前もわからない先輩は、怒りで体を震わせ顔を真っ赤にした。


 これ、やる気だな。

 むなぐらを掴もうと、その手が伸びてくる。


「やめましょうや、先輩。俺ら彼女のクラスメイトだし、喋ったりするくらいいいでしょう」


 空気を読まず、白石がその場に割って入ってきた。

 思わぬ乱入に、冷静になったのか先輩は伸ばした手を引っ込め、舌打ちして遠ざかって行く。


「先輩にどうどう絡むなよ。いくらかっちょいいところ見せたいからって。これだから猪突猛進型は……」

「助かった、サンキュー白石」


 これで少しは話をするチャンスがとも思ったが、武井さんは俺をみたかと思ったら、ぺこりとお辞儀をして足早に教室に戻っていった。


「翔太よ、ほんとに嫌われてるっぽいな」

「やっぱり……」




 だが、その時は突然にやってくる。




 放課後は部活見学をしたあと、校舎を出たが――

 途中で体操着を置き忘れたことに気づき、教室へと引き返してきた。


「ふふーん、――の匂い」


 教室に誰かいるらしい。

 特に気にせずにガラガラとドアを開ける。


「えっ?」

「ふぁああああ!?」


 この目に飛び込んできた状況をすぐには呑み込めなくなった。

 教室にいたのは、武井メグミさんでなぜか俺の席の椅子に座り――

 なぜか、なぜか体操着を机に広げて、その上に突っ伏していたのだ。


 そして心底驚いたとばかりに、大きな悲鳴が飛び出した。


「……」

「……」


 視線と視線がぶつかり合い、彼女はこっちをけん制するように、


「"Tu m'en チュマンveux ?」


 意味の解らないフランス語を発した。

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