第2話 最悪のスタート
「Bonjour《ボンジュール》武井さん、この問題教えてほしいんだけど」
「Oui, avec plaisir(はい、喜んで)それは公式を使えばすぐに解けますよ」
彼女の影響でフランス語がクラスの中でブームになってた。
背筋を真っ直ぐ伸ばして、気品を醸し出しながら椅子に座っている武井さんには、いつもクラスメイトの誰かしらが寄って来る。
彼女は誰とでもにこやかな笑顔で挨拶を交わし談笑を始める。
そんな武井さんはクラスメイトの皆とたった数日で仲良くなっていた。
だが、唯一俺に対してだけは、
「おはよう、武井さん」
「っ?! ボ、ン、ジューす…………」
そのヘーゼル色の瞳を潤ませて、人が変わったようにあたふたしだす。
気のせいかと思うようにしていたが、他のクラスメイトとの反応が明らかに違う。
何かしてしまったのかとも思うが、原因はまるで分らなかった。
「武井さん、先輩がね、話があるって」
休み時間になると、ときたま女子生徒が武井さんにひそひそと伝言を耳打ちし、彼女は少し肩を落としたように廊下へと出て行った。
俺でも何の用件なのかは想像できる。
というのも、何人かからはすでに告白されたなんてことは校内で噂になっていた。
廊下を見ると、確かに先輩らしき人の姿が目に入る。
「……」
「んっ?」
武井さんはその大事な用件から戻ってくると、必ず俺の方にちらちら視線を向けて何か言いたそうな顔をしている。
だが何を言うわけでもない。ので、おそらく俺の思い過ごしだろう。
日が経つにつれ、俺は武井さんがまともに話をするクラスメイトを羨ましく思うようになっていった。
俺だけが、武井さんに避けられているんじゃないかと気づき始めていたためだ。
「武井さん、マジで天使だわ。あの丁寧な話し方が落ち着くんだよな」
「俺は去年けがしたこと話したら、えらいこと心配してくれてなあ」
「翔太、お前とはどんな話したんだよ?」
「ああ、俺はな……ここで言えることじゃないな」
俺1人、彼女から何にも話を聞いてもらっていない。
今思えば、
『お隣同士というのも何かの縁です。よろしくお願いしますね』
あのセリフは何だったんだ! と思ってしまう。
この日、帰りのホームルームが終わると、立ち上がった武井さんはこちらを凄い形相で見下ろしていたのが印象に残っている。
「ごきげんよう、メグミ」
「ごきげんよう」
「武井さん、また明日ね。ごきげんよう」
「ごきげんよう」
クラスの女子が話しかけると、すぐに柔和な表情になり挨拶を返している。
いつの間にかみんなさようならじゃなくて、ごきげんようと挨拶するようになっていた。
これも彼女の影響だ。
武井さんはそそくさとした様子で、鞄を持って教室を出ていく。
「翔太、お前武井さん怒らせたの?」
今日一日のどこかぎこちないやり取りを傍で見ていた白石が聞いてきた。
「やっぱりそう見えるか?」
「見えるな。俺なんて弁当早食いして褒められたぜ。毎日挨拶してくれるしよ」
「……」
(いったい何やってしまったんだ、俺は!)
こうして、俺の高校生活は最悪のスタートを切った。
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