二人の行く末
「もうダメだ……俺に春は来ない」
駅のホームに立つ俺は神永のボディブローが今も尚響いており、お腹を優しく擦っていた。
冷静に考えれば分かることだ。一ヶ月もの間、声を掛けずにただ観察していた。これはもうストーカーのなにものでもない。俺は犯罪者となっていたのだ。何故今まで気付かなかったのだろうか。恋は盲目というがここまで盲目になるとは。我ながら情けない。
「犯罪者に声を掛けられたら誰だって嫌だよな……」
神永はそこまで来たらいっそのことぶつかれと鼓舞していたが、俺はもうその気力は失くなってしまった。
立場を入れ替えて考えれば誰でも分かる。ストーカーに近付かれて喜ぶ人間などいない。もっと早く声を掛けていればよかった。なぜすぐに行動に移さなかったのか。これまで頭に次々と浮かんでいた彼女へのアプローチは後悔へと変わっていた。グッバイ俺の恋。こんにちは俺の真っ黒孤独ロード。
幸いにもこの時間にいるはずの彼女の姿はない。最後に一目あの可愛い笑顔を見たかったが、それだと吹っ切れないような気がして少しホッ、とした。
「もう会わないように一本ずらそうかな」
心の蟠りを抱き、到着のアナウンスが流れる。停車する前に巻き起こる風がこの蟠りを吹き飛ばしてくれることを祈りながら、俺は右から現れてきた車両に目線を投げ掛けた。
※※※※※
仲嶋寿がホームで打ちひしがれている時間、神永麻里はまだ学校に残っていた。
「……はぁ~。何やってんだろ、私」
自分の机に問い掛ける。しかし、当然だが返答が来るわけもなく、ずっと眺め続けていた。
「あ~あ、何でこんなことになっちゃったのかな」
「それは自分の心に素直に慣れていないからだろ?」
一瞬、机が返事をしたのかと錯覚したが、聞き覚えのある声だと気付き、それが机ではなく教室の入口から放たれたものだと理解すると神永はゆっくり目線を向けた。
「花菱……」
そこにいたのは仲嶋寿の友人、花菱慶悟だった。
「まったく、相手をする俺の身にもなってくれよな」
頭を掻きながら花菱が私に近付いてくる。
「素直になれない、って私のこと?」
「他に誰がいるんだよ」
「それは仲嶋の方でしょ。あれだけ想っていながら行動に移せないとか、チキンにも程があるわ」
「たしかにな。それは神永の言う通りさ」
「だったら私は――」
「でも寿と仲良くなりたいがために見た目を変えたお前ほどじゃないと思うがな」
頭部で丸めた髪を解いてストレートにし、赤縁の眼鏡を外してコンタクトにした私を花菱がからかうように真っ直ぐ見つめ返してくる。
そう。仲嶋の想い人とは私のことだ。そして、私の想い人も仲嶋寿その人だった。
最初は普通に仲嶋と仲良くなりたいと思っていた。今日のように普通に話し掛け、仲嶋と楽しく会話が出来るようになりたいと思っていた。けど、私の学校での評判は耳に届いている。別に委員長ではないのに委員長と揶揄され、思ったことを溜め込まない私の性格や口調から近付き難い存在、と。
そんな私が近付いたら彼はどう思うだろうか。きっと嫌な気分になるに違いない。そう思った私は別の形で彼に近付こうと考えた。それがこの姿であるが、一週間経った頃、花菱には見破られてしまったのだった。
「何でそんな回りくどいやり方するかな~」
「う、うるさい! 私だって今思えば後悔しているわよ!」
「しかも、わざわざ制服まで別の学校のを着てとか。そんなん気付こうにも気付かんよ、鈍感のあいつは」
そう言われた私は自分の制服を見る。今私が着ているのは学校のものではない。何を血迷ったのか、従姉妹が昔着ていた県外の制服だった。
「学校の制服着てたらバレるじゃない……」
「いや、バレなきゃ意味ないだろ。永遠に近付けねぇじゃん」
ごもっともです。
「何でお前らそんなにねじ曲がった思考してるんだ?」
「う、うるさい! わ、私だってこんなつもりはなかったわよ! ただ普通に仲良くなりたかっただけなのに……」
「でも実際はどうだ? 普通に接していればこんな拗れたことにはならなかったはずだろ? 言いたいことはハッキリ言うお前らしくない」
「うぅ……」
ぐうの音も出ない。私は大きく項垂れた。
「もうお前から告っちゃえよ」
「そそそ、そんなの無理よ!」
花菱からとんでもない一言が放たれ、私は耳まで真っ赤になるのを感じた。
「いやいや、両想いなのは今日の俺らの会話からも分かるだろ? 失敗しようがない」
たしかに、私と仲嶋は両想いである。普通に考えたら間違いなく彼からオーケーが貰えるだろう。しかし……。
「でも、彼が好きなのは“今”の私であって“普段の”わたしではない」
そこがネックだった。彼の目に映っているのは名も分からない少女であって、神永麻里という同級生ではないのだ。彼に本名を明かす? いや、あの少女が私だと知った彼は絶望するのではないか。それが頭から離れないのだ。
「後悔してももう遅いだろ。お前は一人で二役をやっちまった。遅からずその事実はあいつに伝えなきゃならねぇんじゃねえか?」
そうだ。それは間違いなく伝えなくてはならない真実。どんな過程を踏もうが、その話を避けることはできない。
「今日の感じだと、あいつ想い人のことを諦めかねないぜ?」
正直、私はそれを望んでいた。仲嶋に意中の彼女を忘れてもらえば、全て丸く収まる。私は今後無理な変装をする必要もなくなり、神永麻里として接していけば――。
「まさかお前、このままあいつに忘れてもらうおうとか、そんなこと思ってないだろうな?」
ドキッ、と胸が高鳴った。
「自分の行動の尻拭いを相手に任せる。それは口にしながら行動しない人間と同等のクズのやることだ」
花菱の言葉に我に還る。そうだ。この姿にしたのは私自身。私自身で決めたことだ。相手を騙しておいて困ったらはい、さよなら。それは人として最低の行いだ。
私はブンブンと頭を左右に振ると、鞄を抱えた花菱へと近付いた。
「私、行ってくる」
「おう。行ってこい」
花菱が私の背中を押す。それに呼応して私は駆け足で教室を後にした。今度はコンタクトではなく、この赤縁眼鏡を着けた状態で仲嶋に会うつもりで。
恋は盲目? 違う。恋が盲目にしているのではない。素直になれない自分の弱い心が盲目にしているのだ。私はそんな弱い自分になりたくない。だから、真っ直ぐ伝えよう。
仲嶋寿、私はあなたが……。
了
恋愛迷走列車 桐華江漢 @need
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