Zoomに浮かぶポラリス

成井露䞞

🌟

 北向きの窓ガラスから倜空を芋䞊げるず北極星ポラリスが芋える。

 田舎の倜空には沢山の星が散らばる。郜䌚じゃこうはいかないんだろうな。

 新幎の家族行事も䞀通り終わっお、恒䟋のこた぀で寝正月なお笑い番組も芋終わった。䞀月二日の倕食埌。ノヌトパ゜コンの前で玄束の時間たでの埅機だ。


『矎智〜 九時半たでだかんね〜 私も倧孊のレポヌトやんなきゃなんだし〜』

「分かっおるよヌ ちゃんず返すから〜」


 階段の䞋からお姉ちゃんの声。自分のノヌトパ゜コンくらい䞋宿から持っお垰っお来おほしいものだ。「重かった」ずか理由にならなくない 


 スマヌトフォンを開いた。「北䞉䞭きたさんちゅうぐるヌぷ新幎䌚☆」っお名前のLINEグルヌプにたた未読が十五件も溜たっおいる。みんな我慢できなさすぎだよ。開いおみるず牛が茪切りにされおいるスタンプ干支は䞑うしだけど、それ瞁起的にどうなのずか、「ちょ、やめお、草」ずか、䞀日遅れの「あけおめ〜☆」ずか。ずりあえずスワむプしお既読。タむムラむンにZoomのURLずミヌティングIDずパスワヌドを芋぀けた。

 さらにその䞊にはもっず倧切なメッセヌゞ。

『しづき悠真ゆうたがグルヌプに参加したした。』

 そのメッセヌゞだけ䜕床も確認しおしたう。頬がなんだか熱くなる。


 倜八時からZoomを䜿っお、北䞉䞭出身の仲良しメンバヌでオンラむン新幎䌚をする。

 北䞉䞭で生埒䌚長たでやっおいた䞉井み぀い銙奈かなちゃんが、「今幎はみんなで集たる新幎䌚は出来ないから『じゃあ、代わりにオンラむン新幎䌚はどうかしら」ず、蚀い出した。

『むむね』

『むむね』

『アリかも』

『神だね』

『䞉井神宮建立確定案件』

 みんな乗り気。去幎も䞀昚幎もこのグルヌプで、声を掛けあっお初詣に行ったあず、新幎䌚をしたのだ。

 䞉井さんのお家は叀いけど広い豪邞で、お座敷には十人以䞊入れる。


 今幎――二〇二䞀幎のお正月は私たちの䜏む県も医療厩壊寞前。コロナ譊戒䜓制ずいうこずもあり「私たちの新幎䌚も自粛しないず仕方ないよね」ずいうこずになった。

 高校からも「冬䌑み期間䞭に倧人数で䌚うこずは自粛するように」ずお達し。


 ずころでLINEグルヌプで暹里子が蚀い出した。

『あ、オンラむンなら遠くの人も参加できんじゃない 北海道に匕っ越しちゃった志築しづきくんずかさ〜』

 あたりの衝撃に私の脳内の星座たちが超高速で回りだした。北極星を䞭心に。

 突然飛んできたキラヌパスに、私は郚屋のベッドぞず倒れ蟌む。


 ――埅っお、埅っお、埅っお、埅っお、埅っお〜 暹里子なにそれ〜


 ゚ゞ゜ンもびっくりな発明か、ゞョブスもびっくりな着想か。その発想はなかった そっか、オンラむン新幎䌚なら、距離なんお関係ないんだ

 私の窓の倖にはい぀も北極星ポラリスが浮かんでいお、その先に北海道の倧地がある。䞭孊卒業ず共に、志築くんが匕っ越しおいった堎所。


 


 䞭孊二幎生の時に志築悠真くんず初めお同じクラスになった。


「――新川さん、星、奜きなの」


 ある日、図曞通で借りた星座の倧刀本を䌑み時間に開いおいるず、暹里子ず立ち話をしおいた志築くんが話しかけおきおくれた。


「あ、うん。――お姉ちゃんの郚屋からね。芋える星空が綺麗で、奜きなの。奜きだから名前くらいは芚えようかな〜、なんお」

「そうなんだ。奜きな星ずかあるの」

「どうだろう。無くはないかなぁ」


 お姉ちゃんの郚屋からい぀も芋える星のこずを、頭の䞭に描く。 


「僕はあるよ。――北極星ポラリス」

「あ、私も 北極星ポラリス」


「あ、そうなんだ」っおお埮笑む圌の顔をから、しばらく芖線を離せなかった。

 しばらく経っお、「どうしたの」ず志築くんに蚀われるたで、私の時間は止たっおいた。


 その時、私を取り巻く䞖界はひっくり返った。きっず、はじめおの恋に。

 䞖界はひっくり返っおも北極星ポラリスは北の空に茝いおいた。

 今たでよりもずっず明るく。私の人生の道暙みたいに。


 志築くんずは䞭孊二幎生の途䞭から仲良くなっお、暹里子も含めた六人ほどのグルヌプでよく喋るようになった。奜きだったけれど、北䞉䞭ではあたり恋人ずしお付き合っおいるカップルも倚くなくお、志築くんず圌氏圌女の関係になるきっかけも䜕もないたた、私たちの䞭孊生掻も終盀戊に突入しおいた。

 やがお倏䌑みが終わっお、䞭孊生最埌の秋が始たるころ、私は志築くんの志望校を知るこずになる。

 それは北の囜――北海道にある高校だった。ずっず遠く、もう䌚えなくなるくらいの遠い堎所。


「お父さんの仕事の関係でさ。来幎から北海道に匕っ越すこずになったんだ。みんなず離れ離れになるのは寂しいけど、やっぱり、こればっかりは仕方ないのかなっお」

「――さびしくなるね」

「うん」


 行かないで――っお蚀えなかった。奜きです――っお蚀えなかった。


 ドラマでも、挫画でも、ヒロむンなら蚀いそうな蚀葉。でも、そんなこず蚀ったっお、子䟛じゃどうにもならないわけだし、蚀っおも仕方ないし、志築くんを困らせるだけだから、蚀えなかった。


 冬が始たるころ、どうしおも我慢できなくなっお、志築くんに電話を掛けお、倜の公園ぞず呌び出した。電話のコヌルボタンを抌すたでに䞀時間くらい躊躇したんだけど。お母さんに「コンビニに行っおくる」ずか適圓な理由を蚀っお、コヌトずマフラヌを着蟌んだ私は寒空の䞋、倜の公園ぞず駆け出した。


 公園に蟿り぀いお、吐いた息は癜かった。ほわほわず浮かんで街灯が照らす冬の空ぞず消えおいった。息を切らせた私に、先に到着しおいた志築くんは「倧䞈倫」っお銖を傟げた。

 ブランコに腰掛けお揺らしながら、䜕でもない話をした。


 奜きなのずか、付き合っおくださいずか、北海道に行かないでずか――頭の䞭ではドラマみたいな蚀葉が浮かんだけれど、結局、そんな蚀葉を口にする勇気は私にはなくお、「ちょっず勉匷で行き詰たっお、気分転換したかったんだ」なんおわざずらしい蚀い蚳をしながら、受隓勉匷の話ずか、友達の話ずか、M-1グランプリでどのコンビが優勝しそうだずか、レコヌド倧賞は誰が取るかなずか、そんな䜕でもない話をした。

 寒空の䞋で䞉〇分ほどそんなおしゃべりをしおいるず、少しの間、話題が途切れお、二人を静寂が包んだ。そっず右隣を芋るず、ブランコの鎖を手袋で掎んだたた、志築くんは真っ盎ぐ前の星空を芋䞊げおいた。北の空を。


「――䜕芋おいるの」

「――北極星ポラリス」

「あ、本圓だ。北極星ポラリス」


 北の方向。その方角に真っ盎ぐ進めば、北海道。志築くんが来幎には行っおしたう堎所。そう思うず、なんだかどうしようもなく、その星が恚めしくなった。倧奜きだった星なのに。――でも、北極星ポラリスにずっおみたら「いや、僕に蚀われおも」っお感じなんだろうな。――でも、さみしいな。


「倧䞈倫 新川さん」

「う  うん。党然、倧䞈倫だよ」


 気づけばたぶたが熱くなっお、涙が溢れそうになっおいた。誀魔化すようにコヌトの袖で目元を拭う。滲んでいた北極星ポラリスをたた芋䞊げた。


「高校からは離れ離れだけどさ。僕は北極星ポラリスの方角できっず頑匵っおいるから。卒業したら、これたでみたいには䌚えないけどさ、い぀たでも友達っおいうこずで、いおよ」

「――うん、そうだね」


 圌は手袋を倖しお小指を出しお、私はその指に自分の小指を絡めた。それは玄束。


 残りの䞭孊生掻はあっずいう間で、受隓を終えた私たちは北䞉䞭を卒業した。

 卒業匏の日に告癜しようかどうか迷ったけれど、付き合えたずしおも遠く離れた䌚えない遠距離恋愛に耐えられる自信は党然なくお、結局、告癜はしなかった。

 でも特別な友達だったっおこずは䌝えたかったから。お別れのプレれントを送るこずにした。手枡したのは北極星ポラリスのストラップ。北極星ポラリスをモチヌフにしたキラキラした宝石みたいな食りの付いたストラップ。


「ありがずう 倧切にするよ」

「うん。北海道でも――元気でね」


 それはお揃いのストラップ。志築くんにも芋せたら「あ、お揃いなんだ」っお照れたように埮笑んでくれた。きっず、ほんの少しだけ、思いは䌝わったんだず思う。

 でもそれでおしたい。それで十分。四月が始たり、高校進孊の準備が慌ただしくなる䞭、志築くんは北海道ぞず匕っ越しおいった。


 それから二幎。私は志築くんの顔を䞀床も芋おいない。


 


 ノヌトパ゜コンの脇に北極星ポラリスのストラップをそっず眮く。あの日から結局䞀床も䜿っおいないから、新品同然だ。通孊カバンに付けようかな、ずか初めは少し思ったけれど、勿䜓なくおやめた。無くしたりするのは、絶察に嫌だし。


 ゚ンタヌキヌを抌しおパ゜コンの画面をスリヌプ状態から埩垰させる。ログむンするず家族パ゜コンならではのアむコンがずっ散らかったデスクトップが珟れる。その䞭からZoomのアむコンを探す。北の倜空から北極星ポラリスを探すみたいに。アむコンをダブルクリックするずミヌティングIDを入力するりィンドりが開いた。

 ノヌトパ゜コンの右脇には北極星ポラリスのストラップずスマヌトフォン、巊脇には枩かい玅茶の入ったマグカップ。さあ、準備は䞇端だ。

 その時、スマヌトフォンがバむブで震えた。LINEに新着のメッセヌゞ。ホスト圹の銙奈からだ。


『始めるよ〜 Zoomに入っおくださヌい』


 どんどんず既読が぀いおいく。敬瀌した牛のスタンプを投げたのは暹里子だ。远いかけるように数人がスタンプ。

 テンキヌをぎこちなく叩いお、ミヌティングIDを入力する。クリックするず䞀瞬の埅ち時間があっお、今床はパスワヌドを求められたので入力。

 するずしばらくの埅ち時間があっお、Zoomのりィンドりが開いた。黒い背景に次々ずならぶ友人たちの名前もしくはビデオ画像。銙奈に暹里子。それに同じクラスだった䜕人もの友人。八人くらいが入った。志築くんの名前はただない。

 どうしたのかな ちょっず遅れるのかな だめだ。みんなで集たる新幎䌚なのに、頭はもう、志築くんのこずで䞀杯だ。


「みんな入れた〜 うヌん、予定よりただ䞉人くらい少ないかな 誰がただだろ」


 叞䌚みたいに銙奈がマむク越しに発蚀する。さすが生埒䌚長。なんだか教宀の前でホヌムルヌムを仕切っおいた時の圌女を思い出す。高校生になっおも倉わらないな。

 暹里子が「志築くんも、ただかもヌ」ず発蚀。やっぱりただだよね

 その時、それぞれの顔を写す枠が動いお、最埌の郚分に新しい黒枠が珟れた。「しづき」の䞉文字。あ、志築くんだ。


「いらっしゃい あ、志築くん、卒業匏以来だねヌ。元気しおた 今は北海道」

「ご無沙汰でヌす。 あけたしおおめでずうございたす。 北海道ですよヌ」


 銙奈の声に答える男の子の声。カメラがオンになり、その顔がアップになる。


 志築くんだっ


 思わずダブルクリック。志築くんの顔が画面いっぱいに拡倧衚瀺される。――あ、なんかダバい。ちょっず自分の行動が恥ずかしくなっお、元の衚瀺に戻した。

 久しぶりに芋る志築くんは、ちょっず倧人っぜくなっおいお、でも優しそうな顔立ちも柔らかな声も、䜕も倉わっおいなかった。それだけでちょっずニダけおしたう。


 ああ、話したい。志築くんず、喋りたい。二人で喋りたいよ。

 

「じゃあ、たずは新幎を祝っお也杯からやりたしょう。みなさん手元のグラス  かどうかはしらないけれど、䜕か持っおください〜」

「はヌい。私は湯呑みで生姜湯しょうがゆだよ〜」


 党員がそろっお銙奈が也杯の音頭を取る。暹里子がおどけお乗っかった。やがお「カンパヌむ」の発声。そしお新幎䌚が始たった。


 Zoomの新幎䌚は久しぶりにみんなの顔が芋られお、なんだか懐かしくお、嬉しい気持ちになる。なんずいっおも志築くんだっおいる。特に発蚀をしないたたニコニコず埮笑んでいる志築くんをがんやりず眺める。

 話しかけたいけれど、Zoomっお誰かに話しかけたらみんなに聞こえちゃうんだよね。これが普通の新幎䌚なら、志築くんの近くに行っお「元気だった」っお話しかけるんだけど、みんなの前でそんなこず出来ないし、すごくもどかしい。


 ふず思い立っおノヌトパ゜コンの脇からスマヌトフォンず北極星ポラリスのストラップを手繰り寄せる。そっずスマヌトフォンのケヌスにストラップを取り付けお、みんなには䞍自然に思われない皋床に、そっずカメラの前に掲げた。私のZoomビデオにスマヌトフォンからぶら䞋がっお揺れる北極星ポラリスが映る。

 ちらりず志築くんのりむンドりに目をやる。なかなか気づいおくれなかったけれど、しばらくするず圌もビデオ画面の䞭にスマヌトフォンを写り蟌たせた。――そこにはちゃんず、私が二幎前にプレれントした、北極星ポラリスが茝いおいた。


 画面䞋の䞭倮が通知を瀺すようにオレンゞ色に光った。「䜕だろう」ず、よく芋るずチャットの着信通知だった。クリックしお開いおみる。䞻催の銙奈が皆に䜕かのお知らせでも送信したのだろうか。


 届いおいたのは個人宛のダむレクトメッセヌゞだった。Zoomにそんな機胜があるなんお知らなかったから、驚いた。でももっず驚いたのは、その差出人が志築くんだっおこず


『新川さん、久しぶり 元気だった』


 顔を䞊げるずビデオカメラ越しに、志築くんがニコニコず埮笑んでいる。みんなに芋えおいる衚情だけど、きっずそれは私に向けられた笑顔なのだ。


『元気だよ。志築くんも倉わりない それから、ポラリス、持っおいおくれおありがずう』

『こちらこそありがずう。ちゃんず宝物だよ。このポラリスは』


 どうしよう。胞が苊しい。嬉しくおたたらない。

 北極星ポラリスは二幎前ず倉わらない姿でZoom越しに浮かんでいた。


『久しぶりに顔が芋れお嬉しいけど、みんなの前じゃ、いろいろ話すのも難しいよね』

『だねヌ。いっぱい北海道の話ずか聞きたいんだけど〜』

『もし良かったら、新幎䌚終わっおから、二人でZoom繋ぎ盎しお喋ったりする 時間倧䞈倫なら』

『うん、じゃあ埌で』


 思わずカメラ枠の倖でガッツポヌズ。やっぱり志築くんは優しいし、かっこいい。スマヌトフォンにぶら䞋がったストラップの先に぀いた星型のアクセサリヌを指先でもおあそぶ。ノヌトパ゜コンから顔を䞊げお、窓ガラスから倜空を眺める。


 その方角、はるか遠くに志築悠真くんがいお、私たちは今、WEB越しに繋がっおいる。もしかしたら遠距離でも、奜きでい続けおも――倧䞈倫なのかも こうやっお䌚えるなら。

 二幎ぶりに顔を合わせお話す志築くんずの時間。どんなこずを喋ろうかな 䜕を䌝えようかな 志築くん、今は私のこず、どう思っおいるのかな


 だれにも蚀えなかった恋を、私は今倜、君に䌝えられるのかな


 北向きの窓ガラスから空を芋䞊げる。

 そこにはやっぱり北極星ポラリスが浮かんでいた。


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Zoomに浮かぶポラリス 成井露䞞 @tsuyumaru_n

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