副担任の正体

メグアレクは召喚士養成学校にあてがわれた自室の中をグルグルと歩き回っていた。シンドリア国王エドモンド五世の暗殺を命じた獣人のシドとの連絡が取れなくなった。アイシャのクラスの副担任、メグアレクは獣人のシドに指示をしてシンドリア国王を暗殺させようとした張本人だったのだ。


シドには、メグアレクからの連絡が取れるよう手鏡の魔法具を持たせていた。だがいくらシドの手鏡にメグアレクから声をかけても応答がないのだ。不安に思い、シドの隠れ家としてあてがっていた学校裏にある物置小屋に行ってみたが、もぬけのからだった。獣人は仲間を思いやる気持ちが強いので、まさかシドが逃亡したとは考えづらい。もしかしたら城の警備兵に殺されたのかもしれない。


それならばそれでいい、このような場所から早く逃げなければならない。シドからメグアレクの事が露見してはたまらない。メグアレクが今後の対策を思いめぐらせていると、手鏡の魔法具が光だした。シドからの連絡かと思い、慌てて手に取ると、予想に反して聞きたくもない、ギガルド国王の宰相グレイグからだった。グレイグは感情のこもらない声で、平然とメグアレクに言いはなった。


「獣人がシンドリア国王の暗殺に失敗した。それどころか、シンドリアの人間をともなって、仲間の獣人を奪還した。しかも国王の霊獣に傷を負わせた、ギガルド国王はたいそうご立腹だ。メグアレク、すべて貴様の責任だ。次は貴様自身がシンドリア国王の命を奪え。さもなければ命は無いものと思え」


グレイグは言うだけ言うと、プツリと魔法具の通信を切った。メグアレクは怒りと悔しさのあまり、親指の爪をガジガジと噛んだ。これはメグアレクが幼い時からの悪癖だ。ギガルド国から命を狙われても、逃げおおせる自信はある。だがこの屈辱だけは晴らさなければメグアレクの気がおさまらない。




メグアレクはエストラード国の片田舎で育った。メグアレクは村一番魔力が強かった。メグアレクは信じて疑わなかった、自分は将来大魔法使いになるのだと。だが意気揚々と国営魔法学校に入学して思い知ったのだ、上には上がいると。メグアレクの魔力はまわりの生徒からすればとてもわずかなものだった。


そして国家魔法使になる為の国家試験に落ちてしまった。メグアレクは自身の不出来を責めるのではなく、自身を認めようとしない学校と国を怨んだ。次にメグアレクが選んだのは、魔法具を使う事だ。魔法具は、魔力の弱い者の魔力の底上げとして使うのだ。だが魔法具はしょせん道具にしかすぎない、メグアレクは魔法具での自身の魔力の底上げに限界を感じた。


その次に思いいたったのは、今まで心底馬鹿にしていた召喚士の道だ。召喚士は自身の魔力はたいした事がないのに、精霊や霊獣に媚びへつらい魔力を分けてもらうなどメグアレクのプライドが許さなかったからだ。だが国家魔法使の道が絶たれた今、強大な魔力を手に入れるには召喚士養成学校に入るしかない。


召喚士養成学校は本来子供しか入れない、だがメグアレクは諦めなかった。散々ごねて召喚士養成学校の学校長との面会がかなった。学校長は五十代くらいの女だった。メグアレクは女が高い地位につく事をよく思わなかった。高い地位の男になら、何とかプライドを曲げて媚びへつらうフリができるが、高い地位の女にはそれすらも苦痛だった。だが仕方がない、メグアレクは召喚士養成学校に入り、精霊と契約して強大な魔力を手に入れなければならないのだ。


「私が学校長をしておりますアルテミシアです。メグアレクさんでしたわね」


アルテミシアはメグアレクがしたためた経歴の書類に目を通しながら言った。メグアレクはすでに年齢が二十五歳を超えていた。召喚士養成学校は十三歳で入学しなければならないと決まっているのだ。だがメグアレクは

切々と、召喚士養成学校に入学したい熱意を訴えた。アルテミシアは眉根を寄せて困った表情を浮かべた。


「ではメグアレクさん、貴方に精霊と心を通わせる事ができるか試させていただいてもよろしいですか?」


アルテミシアはメグアレクの了解をえると、素早く呪文を詠唱した。するとアルテミシアの手のひらにちょこんと小さな子供が乗っかっていた。


「この子はコビー、私の大切なお友達なの」


アルテミシアはその小人をさも愛おしげに見つめた。小人もアルテミシアを見上げて嬉しそうにキャキャッと声を上げた。だがメグアレクにはやたら目の大きいきみの悪い化け物にしか目えなかった。アルテミシアは手のひらから小人を下ろすと、メグアレクに向き直って言った。


「さぁコビー、メグアレクさんにご挨拶して」


突然の申し出にたじろいだメグアレクだったが、顔には出さず小さな化け物に挨拶をした。メグアレクが召喚士になったらこんなわいしょうな精霊はお断りだ、もっと大きな精霊や霊獣がいい、例えばドラゴンのような強い霊獣が。


「や、やあコビー」


ニコニコしていたコビーの目が途端に釣り上がると、突然どこからか植物のツタが現れ、メグアレクはグルグル巻きにされ動きを封じられてしまった。メグアレクは怒りのままに叫ぶ。


「何をする!化け物!」


すると柔和だったアルテミシアの顔が厳しくなった。


「メグアレクさん、貴方今コビーの事を小さいと馬鹿にしましたね。精霊や霊獣は身体の大きさは魔力の大きさに比例するわけではありません。何故召喚士になるには子供の頃から学校に入らないければならないのかお分かりにならないの?子供は純粋で精霊や霊獣に好かれるの。貴方のような汚れた大人は召喚士にはなれません、お引き取りを!」


アルテミシアは冷たく言い放つ。メグアレクはフツフツと腹の底から怒りが湧いてきた。女と小人に馬鹿にされたのが許せなかった。メグアレクは動きづらいながら、内ポケットから魔法具炎の指輪を指にはめた。この魔法具は魔力の少ない者でも強大な炎魔法が使えるのだ。メグアレクは炎の指輪で自身に絡みついたツタを焼き払い、アルテミシアとコビーに炎の指輪を向けた。


「貴様らぁ!よくも俺を馬鹿にしたなぁ、焼け死んで地獄でわびろぉ」

「愚かな!コビー」


メグアレクの炎の指輪から激しい炎がアルテミシアたちに襲いかかる。アルテミシアは素早くコビーに合図を送る。コビーは土魔法で水晶の防御壁を作り出し、メグアレクの炎をふせいだ。アルテミシアはさらにコビーに声をかける。コビーは土魔法でメグアレクの全身を水晶で拘束した。これではメグアレクの炎の指輪を使う事ができない。


校長室での騒ぎを聞きつけた職員たちが押し寄せ、メグアレクは逮捕された。メグアレクは刑務所に収監され、所持していた魔法具はすべて没収されたが、メグアレクはうろたえなかった。メグアレクは奥歯に結びつけていたひもをたぐり寄せ、食道から小袋を取り出した。このような時のために備えていたのだ。小袋の中には透明の指輪が入っていた。メグアレクが透明の指輪をはめると、彼の姿は途端に消えてしまった。


食事を持ってきた看守が牢からメグアレクがいなくなった事に驚き、鍵を開けて中を些細に調べている隙に透明になったメグアレクはまんまと牢から抜け出したのだ。メグアレクは透明なまま刑務所からも、エストラード国からも逃げ出した。自分を評価しない国など未練はなかったからだ。



メグアレクは母国を出て、様々な国を転々とした。その中で、やはり自分には魔法具を極めるより他にないと思い直し、あらゆる魔法具屋、魔法具職人から魔法具を買いあさった。魔法具は金さえ払えばどんな物でも手に入れられるのだ。メグアレクは国々を旅してギガルド国に着いた。


ギガルド国の王は残虐で好戦的だった。メグアレクはギガルド国の王に強い共感を感じた。強大な力を持って、思うままに権力を振りかざす。メグアレクの理想の姿がそこにあったのだ。メグアレクはギガルド国王に近づいた。媚薬の香水の魔法具で、ギガルド国王が手に入れたがっていた美姫たちを連れてきた。媚薬の香水を使えば、どんな貞淑な夫人も生娘もギガルド国王の言いなりになった。


ギガルド国王は残虐な見世物も大好きだった。刃向かった外国の捕虜を連れてきて、命乞いをさせ、さも温情をかけるような言葉を言い、捕虜が希望を持った瞬間に命を奪うのだ。驚き恐怖に歪む顔がたまらないのだそうだ。


メグアレクはギガルド国王に心酔した、否メグアレク自身がギガルド国王になりたかった。自身の欲望をすべて叶える王に。メグアレクはギガルド国王にすり寄り、魅力的な魔法具で興味を持たせ、意のままに操ろうとした。だが、それを阻止しようとする者がいた。文官のグレイグだ。グレイグはメグアレクを怪しみ、王から遠ざけようとしたのだ。メグアレクはおおいにグレイグを恨んだ。


事態が変わったのはまさに唐突だった。突然、ケルベロスという強大な霊獣の背に乗った少年が現れ、ギガルド国王を殺し、新たな王になってしまったのだ。メグアレクはこれを喜んだ、子供なら簡単に自身の意のままに操れるだろうと思ったからだ。だが、この少年王は何も欲しようとはしなかった。美姫も、残虐なショーも、金銀財宝も、少年王はちっとも興味を示さなかった。ただ王座に座りつまらなさそうにしていた。


メグアレクは忍耐強く少年王に猫なで声で近づいた。だがまたしても文官のグレイグがメグアレクを少年王から遠ざけようとしたのだ。これにはメグアレクも激しく憤った。何としても少年王の信頼を勝ち取らなければならない。そこでメグアレクは少年王に宣言したのだ、シンドリア国王を暗殺し、王の首を捧げます、と。少年王は興味なさそうに許可をだした。


そしてメグアレクは自身は手を汚さずに、城に飼っていた獣人のシドを使って、シンドリア国王を暗殺しようとしたのだ。だが獣人のシドは失敗してしまった。これだから知能の低い獣は嫌いなのだ。メグアレクは毒つく。そして今度は獣人抜きでシンドリア国王の暗殺を遂行しなければならない。勿論メグアレクは自身の手は汚さない、魔法具を使って他人にやらせる心づもりだ。


それを誰にやらせるべきか、メグアレクは思考を巡らせる。そしてある名案が浮かんだ。メグアレクはシンドリア国の召喚士養成学校に潜入して、どうしても許せない人間がいた。それはメグアレクが副担任をしているクラスの担任教師マリアンナだ。この女はメグアレクに疑いの目をたえず向けていた。そして女のくせにスノードラゴンという強大な魔力を持つ霊獣と契約していて、とても目障りだった。シンドリア国王の暗殺と同時にマリアンナを苦しめる名案が浮かんだのだ。メグアレクは笑いをこらえるのに必死だった。メグアレクの目は不気味に細められていた。



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