イアンとザック
「で、話ってなんだい?ザック」
イアンは一口飲んだエールをカウンターテーブルに置くと、隣に座ってうなっているザックに声をかける。ここはイアンとザックの行きつけの酒場だ。イアンとザックはシンドリア国王直属の国家召喚士のため、二人はあまり城を離れる事ができない。そのため二人は城に近いこの酒場で飲む事が多い。
ふさぎこんでいるザックの横では、豪快に肉のかたまりにかぶりつくファイヤーライオンがいる。ファイヤーライオンの対価は旨い肉なのだ。酒場の店主はいつもの事なので、しかめっ面で仕込みをしている。ザックがこんな風にふさぎこんでいるのは大体マリアンナがらみだ。
「マリアンナがどうかしたのかい?」
「はぁ?!何でマリアンナが出てくるんだよ」
イアンはハァッとため息をついた。面倒くさいので話を続ける。
「だってザックはマリアンナの事好きだろ?」
「はぁぁぁっ?!んな訳あるか、誰があんな鉄仮面女。好きな訳ねぇたろ、まぁ、たしかにちょっとだけ美人ではあるがよ」
イアンは再びため息をついた。イアンはザックに秘密にしている事がある。これはイアンか墓場まで持って行くと決めているが、イアンは学生時代、ザックとマリアンナの仲を取り持とうとして、イアンの方からマリアンナに声をかけたのだ。意外にプライドが高いザックがこの事を知ったら怒るに違いない。
イアンとザックは小さい頃からの幼馴染だ。家が隣同士で、二人はいつも一緒にいた。イアンはおっとりして引っ込み思案な性格だったので、いつも近所の子供たちにいじめられていた。そんな時、すぐにザックが助けに来てくれたのだ。イアンはザックと同い年だったが、彼のことを兄のようにしたっていた。ザックは大人になったら魔法使いになりたかった。だが魔法力が弱く、わずかな炎を操れるだけだった。そのため召喚士養成学校に入る事になった。イアンは動物が好きなので召喚士養成学校に入るのはやぶさかではなかった。
二人は順調に召喚士の道を歩んでいた。ザックは、顔が悪人ヅラだがさっぱりとした気持ちのいい少年だった。だが、ある少女の前に出ると、途端に態度が変わってしまう。少女の名前はマリアンナといった。マリアンナはクラス一の美少女だったが、寡黙で近づきがたいクールな女の子だった。そんなマリアンナの前だと、いつも優しいザックはイジワルな少年に変わってしまうのだ。イアンは直感した、ザックはマリアンナに恋しているのだ。
イアンは大切な友人のザックの恋を応援したかった。だから、イアンは引っ込み思案にもかかわらず、マリアンナに積極的に話しかけたのだ。イアンは知らなかったのだ、自分の容姿が女性にどう見られているのかを。あろうことか、マリアンナはイアンに惚れてしまったのだ。マリアンナに付き合ってほしいと言われ、イアンは断った。親友を裏切るわけにはいかなかったからだ。だがマリアンナはなかなか諦めなかった。イアンに好きな人ができるまででいいというのだ。それでもイアンは断り続けた。
だがそんなイアンの背中を押したのは、他でもない親友のザックだった。ザックはイアンにマリアンナと付き合うようすすめたのだ。イアンは彼にものすごく腹が立った。自分の不用意な行動が招いた事ではあるのだが、何よりザックのためにやった事なのに。
引っ込みのつかなくなったイアンはマリアンナと付き合う事になった。当初イアンはマリアンナの事を怖くてとっつきにくい女の子だと思っていたのだが、本当のマリアンナは恥ずかしがり屋な優しい女の子だった。イアンは次第に彼女に惹かれていった、だが心の中ではザックに対する罪悪感でいっぱいだった。そのため卒業式の日、召喚の契約で出会った水の精霊ウィンディーネに出会い、恋をし心から喜んだ、これでこの苦しみから解放されると。
マリアンナには悪い事をしてしまったと思う。だがイアンは、マリアンナはザックと付き合ったらいいと常々思っている。ザックとマリアンナは似ているのだ。二人は顔が怖くて、とっつきにくいが、実は不器用で優しいのだ。
そして、イアンはちらりとザックの横顔を盗み見る。ザックは目は三白眼でつり上がって怖いが、鼻筋はスッと通っていて、唇は薄く引き締まっていて、整っていると思うのだ。何よりザックはマリアンナを大切に思っている。
「こないだ市場でよぉ、マリアンナがいたんだ。イアンみてぇなハンサムな野郎といた」
ザックがやっと話し出すと、やはりイアンの予想通りマリアンナがらみだった。以前にも同じような事があった。ザックが落ち込んでいるので話を聞くと、マリアンナが男と酒場にいたというのだ。イアンは余計なお世話だと思ったが、くだんの酒場にマリアンナに会いに行った。
はたして男はマリアンナと一緒にいた。だがその男は人間ではなかった。イアンは、水の精霊ウィンディーネと契約してから、今まで視えなかったものが視えるようになったのだ。マリアンナと共にいた男は、マリアンナの召喚霊獣、スノードラゴンが人型を取った姿だ。マリアンナはイアンに気づくと、あからさまにプイッと横を向かれてしまった。イアンは苦笑しながらマリアンナたちの座るテーブルに近づいた。人型を取ったスノードラゴンはジロリとイアンを睨みつける。
「水の小僧、マリーに何の用だ」
「いいえ、ただ旧友を見つけたから挨拶をと思いまして」
「マリーは貴様と話したくないようたぞ。とっとと立ち去れ」
スノードラゴンのけんまくにイアンは取りつく島もなかった。すると呼んでもいないのに、イアンの契約精霊、水の精霊ウィンディーネがあらわれた。ウィンディーネはスノードラゴンに食ってかかる、スノードラゴンもウィンディーネに睨みをきかす。これでは霊獣と精霊のケンカが起こり、この酒場は大破してしまうだろう。マリアンナは我関せずで、黙々とぶどう酒を飲んでいた。イアンはウィンディーネの手を取ると、慌てて店の外に出た。
事のてん末をザックに話すと、彼は男がマリアンナの恋人でない事に安心したようだった。しかし、イアンの恋人は契約精霊のウィンディーネなのだ、マリアンナの恋人が契約霊獣のスノードラゴンであってもおかしくはない。ザックは何とも呑気に構えているな、とイアンは思ったものだ。だが今回のマリアンナの相手は、マリアンナと同い年くらいの若い男で、しかも二人は手をつないで歩いていたそうだ。
これはもう決定的だ、マリアンナに恋人ができたのた。イアンは複雑な気持ちになった。マリアンナが幸せになってくれた事は嬉しいが、マリアンナを幸せにするのはザックであってほしいと未だに考えてしまうのだ。イアンはため息をつきながらザックに言った。
「ザックが早くマリアンナに告白すればよかったんだよ。君は気長すぎるんだよ」
「はぁ?!俺がマリアンナに告白だと?!宣戦布告ならともかく告白なんてするわけないだろ。それよりイアンこそどうなんだ?お前、マリアンナに未練があるんじゃねぇのか?」
「ちょっ、そんな事あるわけないだろ!確かにマリアンナは美人で魅力的だけど、今は大切な友人・・・、ブハァッ」
言い訳がましいイアンの言葉が言い終わる前に、突然頭に水をぶっかけられた。イアンの言動がウィンディーネの逆鱗に触れたのだ。イアンは慌ててウィンディーネにいい訳する。
「ちょっと待ってウィンディーネ、僕は客観的にものを言ったまでで、決して未練があるわけじゃない。ていうか、お店の中では迷惑だから水かけないでっていったじゃないか!」
イアンが座っている辺りは完全に水びたしになっている。イアンは自身が唯一使える水を操る魔法で、水を空中に浮かし、できるだけ店の外に水を出した。横に座っていたザックは大きなため息を吐くと、店主に騒ぎを起こした事を詫び、自分の荷物から大きなタオルを出してイアンの頭にかけてやる。そしてザックが唯一使える炎魔法で小さな炎をたくさん作り、イアンを乾かしてやる。こんな時のザックは、まるでイアンの母親のように世話を焼くのだ。イアンは常々思うのだ、自分にしてくれるこの優しさを少しでもマリアンナに向けてくれていれば、マリアンナはザックに振り向いてくれたかもしれないのにと。
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