ギガルド国侵入
シドとアイシャはギガルド国の国境を超え、国に入った。アイシャはシドの背に乗りながら、ギガルド国の村々を見ると、ひどく荒廃しているのが目についた。村を抜け、町を抜け、城下町に入るが、人も少なく店は閉まっている所が多かった。アイシャはシンドリア国の事しか知らなかった。小さい頃からずっと小さな町で育ち、召喚士養成学校に入って初めて、大きな城下町を目にし、活気に溢れた沢山の店々を見たのだ。
「ねぇシド、ギガルド国はいつもこんな感じなの?」
アイシャは狼のシドが人間の言葉を話せないと知りながらも聞かずにはいられなかった。
シドはガウッと答えたが、どうやら分からないと言っているようだ。城下町を抜け、城が見えてきた。シドとアイシャは物陰に隠れて城門の辺りをうかがう。城は警護する兵も見当たらず、まるで廃城のようだった。シドはガウッとアイシャに言った。行くぞ。という意味だ。
シドは素早く城壁を飛び越え、石造りの窓から城内に侵入した。シドは鼻をヒクヒクさせ匂いを嗅いだ。ガウッと言ってアイシャを乗せたまま長い廊下を歩き出した。カチャカチャとシドの脚の爪が音をたてる。途端、シドが立ち止まり、グルルと唸り声を上げた。廊下の先から、四人の人間が姿を現した。
「獣人め、裏切ったな」
「殺してやる、仲間の獣人たちもじきに殺されるぞ」
四人の人間は、口々にひどい言葉を投げつける。シドは猛然と四人の人間たちに襲いかかった。すると人間たちは沢山の矢を操り、シドたちに向けて放った。四人の人間は魔法使いだ、矢には獣人を動かなくさせるための毒が塗ってあるのだろう。
だがシドはまったくひるまなかった。もし毒の矢がかすっても、アイシャがいれば毒を浄化してくれる。シドは咆哮により、矢を打ち落とした。しかし矢は何度もシドたちに襲いかかる、数本の矢がシドの脚をかすった。すかさずアイシャが
次第に距離を縮めてきた獣人に魔法使いたちは焦り出す。致死量の猛毒を塗った矢が効かないのだ。矢は確かに獣人に当たっているのに。そこで初めて魔法使いたちは、獣人の背に乗っている娘に気づく。どうやらあの娘が何らかの魔法で獣人の毒を浄化しているのではないか。魔法使いたちは標的を獣人ではなく、背に乗った娘に切り替えた。大量の矢は獣人を飛び越え向きを変え、娘の背後に迫った。
黒猫のドロシーはアイシャの服の胸元から顔を出し、状況を見守っていた。それまでシドにばかり矢が放たれていたのに、あろう事かシドを飛び越えて、向きを変えてアイシャに襲いかかってくるのが分かった。アイシャは咄嗟に胸の中にいる黒猫のドロシーを抱き込んだ、もし矢が当たれば自身も死んでしまうかもしれないのに。
その時ドロシーの心に去来した感情は、激しい悔しさだった。ドロシーは下界に降りて初めて会った人間の少年たちに石を投げられ、痛くて怖くて仕方なかった。そんな時アイシャが現れたのだ。自身が傷つくのもいとわず、ドロシーを守ってくれた。そしてドロシーの傷の痛みを治してくれたのだ。ドロシーはアイシャが大好きになった。アイシャとずっと一緒にいたい。そして、アイシャを守りたい。その時ドロシーの胸の奥から呪文が湧き上がってきた。
霊獣風魔法
途端に、シドとアイシャを巨大な球体がおおった。アイシャに襲いかかった矢はみな、球体に当たって落下した。アイシャは自身に矢が刺さらない事を不思議に思いながら、恐る恐る目を開けた。
「わぁ、何これ。まるで水晶玉の中にいるみたい、これドロシーがやってくれたの?」
アイシャの問いに、黒猫のドロシーは元気よくニャッと答えた。
「ドロシーありがとう!」
アイシャは胸元のドロシーを抱きしめた。狼のシドは、やるなチビ。という意味でガウッと言った。ドロシーは、当然だ犬っころ。という意味でニャッと言った。そこで驚いたのは四人の魔法使いだ。毒矢までふさがれては打つ手がない。
魔法使いたちは無駄だとわかっていながら次々に魔法を繰り出した。火の魔法は、シドの咆哮に吹き消された。氷の刃は水晶の球体に阻まれた。シドはどんどん魔法使いとの距離を縮め、三人の魔法使いを咆哮で吹き飛ばし、壁に叩きつけた。三人の魔法使いは白目をむいて気絶した。シドは残りの一人の魔法使いを前脚で踏みつけにして、魔法使いの喉笛に噛み付かんばかりの勢いで唸り声を上げた。
「シドの仲間はどこ?教えて!」
アイシャは歯をガチガチと震わせている魔法使いの側に座りこんで聞いた。震えていた魔法使いはアイシャの顔を見ると、あざけるような顔になり、言い放った。
「はっ、もう遅いわ。貴様らも残りの獣人もみな死ぬのだ」
シドは怒りのあまり、魔法使いの喉笛に嚙みつこうとした。気づいたアイシャは、シドの首にしがみつき力ずくで止める。
「ダメ!シド殺しちゃダメ!あたしたちで探しましょう。ねぇドロシー、この人逃げないようにできる?」
「ニャッ」
アイシャの問いに、ドロシーが答えて魔法を発動させる。大の字になっていた魔法使いが水晶の球体の中に閉じ込められた。アイシャはシドに先を急ごうと促そうとした。突然、シドがアイシャを庇うように壁を警戒した。すると、外側の壁が大破した。
「アイシャ!!無事か!」
大破した壁の穴からアイシャの担任教師、マリアンナが飛び込んできた。アイシャは大破した壁の石が飛んできたのが一番危なかったなと思ったが、心配して来てくれたマリアンナに悪いので黙っていた。
「先生、心配かけてごめんなさい」
「全くだ!ギガルド国に無断で入るなんて、国際問題になるぞ、早く帰るんだ」
「待って、先生。シドの仲間も連れて行って」
「シドの仲間?」
マリアンナが不思議そうに首を傾げると、側にいた巨大な狼が突然全裸の美青年に変化した。マリアンナは叫び声を上げた。
「ギャアア!変態!アイシャから離れろ!」
「待って先生違うの、シドは服を着るのが嫌いなんだって」
「それが変態だと言うんだ!」
マリアンナはアイシャの腕を掴んでシドから離そうとする。シドは突然現れた人間の女に目を白黒させていた。
「アイシャ、へんたいってなんだ?」
「うーん、変な人って意味かな」
「ならオレはへんたいじゃない、オレは獣人だからな」
「少女の前で前も隠さず全裸な男は変態なんだよ!だが獣人の仲間が一緒じゃないとアイシャが帰らないというなら仕方がないな」
「先生ありがとう!」
喜ぶアイシャにマリアンナはため息をつく。壁の穴からは、中に入れないスノードラゴンが寂しそうにグルルと鳴いている。マリアンナはスノードラゴンの側により、ドラゴンの鼻面を撫でながら言った。
「すまないスノウ、スノウの大きさではこの中には入れない。大丈夫、心配ない」
マリアンナの言葉に、壁に頭を突っ込んでいたスノードラゴンは安心したのかフッと姿を消した。
「所で仲間というのはどこにいるんだ?」
「それがわからないの」
マリアンナの質問にアイシャは困ったように答える。シドは、どうやらアイシャのせんせいという人間もシドの手助けをしてくれるらしいと分かり、感謝の気持ちでいっぱいになった。なおの事早く仲間を探さなければならない。シドは狼になると、高らかに遠吠えをした。
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