シュラとリクとミナ
「出ろ」
兵士の胴間声に小さなリクとミナはビクリと身体をすくめる。一番上のシュラはいつもと違う状況に違和感を感じた。シュラたちの住処は城の地下にある日の入らない地下室だった。兵士にどやされシュラたちは地下室から久しぶりに外に出た。
シュラたちは人間ではない、獣人だ。獣人は人の姿にもなり、狼の姿にもなれる希少な生き物だ。シュラたちはギガルド国という国の所有物だ。獣人は戦闘能力が高いため、ギガルド国にとって邪魔になる人間を殺すために訓練を受け、任務に行かされるのだ。以前は数ヶ月に一度の期間で任務に行っていた。任務に行くのは大概大きなシドとシュラで、リクとミナはあまり行かない。リクは失敗する事が多く、ミナにいたっては一度も成功した事はない。
それでは残りの獣人は何のためにいるのか、それはいわゆる人質だ。シドやシュラが任務に行く時、任務に失敗すれば残りの仲間を傷つける。任務中に逃亡すれば、残った仲間を殺す。そう脅されていたのだ。だがここ一年ばかり任務は無かった、苦しいながらも穏やかな日々を過ごしていたが、突然シドが任務に行く事になった。任務の内容はシンドリア国王の暗殺だった。任務の内容を聞いたシュラは唇を噛みながら唸った。シンドリア国はギガルド国よりも大国だ、その国王の暗殺など成功するはずがない。王の側には沢山の兵士や魔法使いや召喚士がいるのだ。シド一人では確実に失敗する。
シュラの頭に浮かんだのは、処分という二文字だった。獣人は強大な戦力になる。そのため国が獣人を保有した場合、無用になれば殺してしまうのだ。どうやらシドはシンドリア国王暗殺に失敗したようだ。シュラは覚悟を決めた、だが幼いリクとミナを死なせる事が不憫でならない。シュラはリクとミナの肩を抱いて励ますように促した。せめてシドだけでも逃げてくれればいいと考えるが、きっとシドはシュラたちを助けに来るだろう。
シュラたちが連れてこられたのは意外な事に王の玉座の前だった。シュラたちはギガルド国の道具にすぎないので、ギガルド国王など見た事がなかった。シュラは玉座に座った王を見る。驚いた事に王は少年だった。リクより少し年上のようだ。シュラたちを連れて来た兵士は黙礼してから、目の前にある三つの檻に入るようシュラたちを促した。兵士はニヤニヤしながら言った。
「この檻には雷の魔法がかけられている。檻に触れると大火傷するぞ、せいぜい大人しくしているんだな」
それだけ言うと兵士は再度王に黙礼して行ってしまった。少年王は興味深そうに檻に入れられたシュラを見た。
「ふぅん、これが獣人なんだ。人間みたい」
「王よ、油断してはいけません。獣人はどう猛で狡猾な生き物です」
少年王の側に立つ男が言った。王が少年のため、祭り事を司る宰相だろうか。
「そっか可哀想だけど、君たちは殺さなきゃいけないんだって」
少年王は無邪気な笑顔で言った。女の子のミナはキャッと短い悲鳴を上げた。
「だけど俺も優しいからさ、仲間全員一緒に殺してあげるよ。もう一匹いたでしょ?シンドリア国王殺すのに失敗してさ、持ち場離れて逃げちゃったんだって。きっと君たちの所に来るでしょ?」
シュラは舌打ちした。もうすぐシドはここに来る、この王に処分されるために。その時城内に狼の遠吠えが響き渡った。シドだ。
「シドだ、シドが助けに来てくれた」
リクは明るい声で言うと、狼になってシドの遠吠えに答えた。はたして、しばらくしてシドが現れた。シドはシュラたちの状態を見て激怒したようだ。猛然とシュラたちの檻に向かって走ってくる。シュラたちの檻を壊すつもりだ。檻には雷の魔法がかけられている。シドだけではなく中に入っているシュラたちも傷ついてしまう。
「ダメだシド、この檻には魔法がかけられている。僕はいいがリクとミナが怪我してしまう」
シドは激しく憤りながら、グルグルとその場を回り出した。すると後ろから小さな少女が近づいて来た。
「シド待って。ドロシー、檻の中の人たちに水晶玉の魔法できる?」
少女の服の胸元から、黒猫が顔を出してニャッと鳴いた。突然シュラの回りが水晶玉のようなものでおおわれた。シドは猛然とシュラの檻に噛み付いた。バリバリと電気が走り、青い光が輝いた。シドは檻を食い破り、シュラを檻の外に出してくれた。可哀想にシドの顔は真っ黒く大火傷していた。シドは次にリクの檻に食らいついた。シュラも狼になりミナの入っている檻に噛み付く。全身に電気が走り、激しい痛みを感じるが、歯を食いしばって力を強める。ガチンという音と共に檻に穴が開く。ミナは恐る恐る檻の外に出て来た。
シドは人型になると、出てきたリクと少女を抱き上げて走り出した。シュラもミナを抱き上げて走り出す。シドは後ろに控えていた女の側に行くとリクと少女を下ろした。シュラは真っ先にシドの顔を見た。シドの端整な顔がひどく焼けただれていた。獣人の回復力は人間よりもはるかに高い。だがこの怪我は治るのにどのくらいの時間がかかるだろうか。シュラはシドに対して申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
「シドすまない」
「大丈夫よ、シュラ」
シュラの隣には先ほどの少女がいた。少女はシュラの名を知っていた、シドが教えたらしい。少女は小さな手をシドの焼け焦げた顔に添えた。少女の手が光出す、
「次はシュラだよ」
少女はシュラの顔に優しく触れた。シュラの顔の痛みが急速に引いて行く。シュラは少女に感謝した。
「ありがとう」
「どういたしまして。あたしはアイシャ、シドの友達よ」
「アイシャ、僕はシドの仲間のシュラだ。そしてリクにミナだ」
声をかけられたリクとミナはアイシャたちに礼を言って自己紹介をした。シドはシュラの肩を叩き、リクとミナの頭を撫でると、アイシャの側にいた女に声をかけた。
「せんせい、オレの仲間をシンドリア国に連れて行ってくれないか?隙はオレが作る」
シュラは瞬時にシドの意図が分かった。シドは自分だけ残って、シュラたちを逃すつもりだ。それだけは駄目だ。シュラはシドの肩を掴んで、シドの顔を覗き込む。強い意志を持った瞳だ。シュラは噛んで含めるようにシドに言う。
「シド、お前だけでは無理だ」
シドはハッとした顔をして、それからシュラの目をジッと見た。シュラは黙って頷いた。シドはリクとミナの肩に優しく手を置いて言った。
「リク、ミナ、オレとシュラはここで足止めをする。先にアイシャとせんせいと一緒に行ってくれ。オレたちも必ず追いかけるから」
リクとミナはシドの顔を見る、いつもの優しい目だ。そしてシドの言った事は嘘だという事も分かった。
「嫌だシド、オイラも一緒にいる!」
「私も!シドとシュラと一緒」
「そうだよ。シド、帰る時は皆一緒だよ」
リクとミナと一緒にアイシャも賛同する。アイシャの後ろに控えていた、先生と呼ばれた女がため息をつきながらシドの前に出た。
「ちょっと待て、私はシンドリア国の者だ。私はギガルド国の王に拝謁しなければならない、話はそれからだ。それまでお前らはここに待機、いいな」
そういうと女は王の方に行ってしまった。
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