シドの秘密

昨夜王の暗殺に失敗し、翌日城の様子だけでも確認しようとやって来たシドは我が目を疑った。昨夜魔法使いの放った毒矢で痺れて動けなくなった時に、助けてくれた娘がいるではないか。


娘は城を警護する三人の召喚士と共にいた。これは運命だ。シドは直感した、あの娘はシドと仲間を救ってくれる女神に違いない。シドは何としてでもあの娘を連れて行きたかった。だが、王直属の召喚士が三人もいては、いくらシドだとて分が悪い。何とか三人の召喚士の隙をつくことはできないものか、そう思案していた矢先、絶好のチャンスが訪れた。


何故か二人の召喚士がもめ出したのだ。シドは様子をうかがいながら音もなく娘の側に近づいた。シドは一瞬の隙をついて娘の襟首をくわえ、城壁に飛び乗った。一緒に小さな黒猫がくっついてきてしまったが仕方がない。


城壁の上に娘を下ろすと、娘は笑顔でシドに声をかけた。わんちゃん怪我は大丈夫?シドはガウッと唸って大丈夫と返事をした。この娘はどうやら、とても優しくて危機感が皆無らしい。シドは背中を見せて娘に乗れと合図する。娘は理解したのか、シドの首にしっかりと腕を回した。シドは城壁から飛び降りて、風のように城から遠ざかった。三人の召喚士に追いかけられたらたまらない、できるだけ城から距離をとらなければ。


城下町を抜け、森を抜け、シドたちは平野に出た。そこでシドは気になる事があった。シドの首にしがみつく娘の手の力が弱まってきているのだ。娘はまだ小さい、長距離を走って疲れたのかもしれない。シドがそう思いかけた時、完全に娘の手の感触を感じなくなった。まずい、シドが後ろを振り向くと、娘が宙を舞っている。シドの背中から振り落とされたのだ。シドは瞬時に人型をとり、娘を優しく抱きとめた。娘は羽のように軽かった。


「わ、わんちゃん?」


娘は大きな瞳をさらに大きくしてシドを見た。シドはぶっきらぼうに答える。


「オレはわんちゃんじゃない、オオカミだ」

「オオカミさん?」

「ああ」


シドはゆっくりと娘を草はらに下ろす。娘はこわばった顔をしていた、もしかしたら獣人が恐ろしいのかもしれない。無理もない、シドは世間で恐れられる獣人なのだから。これから娘に助力を頼まなければいけないのに、どうしたものかとシドは思案した。



アイシャはマリアンナと、ザックのケンカの仲裁に入った後、自身の身体がふわりと宙に浮くのを感じた。黒猫のドロシーも浮き上がったアイシャにくっついてくる。アイシャは気づくと、城壁の上に立っていた。目の前には昨日の大きな犬がいた。姿をみた限りでは元気そうだ。


「わんちゃん怪我は大丈夫?」


アイシャの質問に、大きな犬はガウッと返事をしたようだ。犬が背を向ける、どうやらアイシャに背中に乗れと言っているようだ。アイシャはためらった、マリアンナに許可を取ってから行きたいが、どうやらこの犬は急いでいるようだ。アイシャは在学中ずっとトイレ掃除になる事を覚悟して犬の背中に乗る事にした。猫のドロシーは、振り落とされたらいけないので、アイシャの胸元のボタンを外して、入れる事にする。


アイシャが犬の首に腕を回すのを確認すると、犬は城壁を勢いよく飛び降りた。アイシャは恐怖のあまり声も出なかった。目をつむり、ひたすら犬の首に

しがみつく。やっと犬の速度が穏やかになり、アイシャは手の力が緩んだ。するとアイシャの身体はポーンと宙に投げ出されてしまった。


アイシャは胸元にいるドロシーを抱きしめ、背中から地面に落ちるよう身体を丸めた。だが背部の痛みは感じられず、硬い何かに抱き上げられた。アイシャがゆっくりと目を開けると、そこには見たことがない男性の顔があった。鋭い瞳の、イアンとはまた違ったハンサムだ。アイシャが辺りを見回すと、大きな犬がいなかった。アイシャは自身が抱いた疑問を口にする。


「わ、わんちゃん?」

「オレはわんちゃんじゃない、オオカミだ」

「オオカミさん?」

「ああ」


男はゆっくりとアイシャを地面に下ろした。そこでアイシャははたと気がついた。男は全裸だったのだ。まるでギリシャ彫刻のような美しい肢体だった、そしてアイシャのちょうど目の前に男性のシンボルがあった。アイシャは育てられた教会で一番歳上だったから、小さな弟の風呂の世話をしていたので、女の子には無くて、男の子にはあるものは勿論知っていた。だがこれは見てはいけない気がした。


「あたしはアイシャ、オオカミさんは?」

「アイシャ。オレはシドだ」

「シド。シドは何で服を着ないの?」

「フク?ああ。アイシャが着ているものだな。・・・、フクは着たくない」

「何で?」

「・・・、任務に行かされる時にフクを着るからだ」

「任務って?」

「・・・、ヒトを殺しに行くんだ」


アイシャはヒュッと息を飲んだ。シドはアイシャの態度に顔をしかめる。


「シドは、任務嫌なんでしょ?」

「ああ」

「なら逃げちゃえばいいじゃない」

「・・・、逃げる事はできない。仲間がいる、オレが逃げたら仲間が殺される」

「なんて酷い事」


アイシャはいきどおり、そして悲しくなった。アイシャの瞳からはポロポロ涙が溢れてきた。それを見たシドが驚いた。


「アイシャ、どこか痛いのか?」

「ううん、痛いんじゃない。シド、仲間を助けよう」


シドは驚いたように聞き返す。


「アイシャ、いいのか?オレの仲間がいるのはギガルド国だ、危険だぞ」


アイシャはグッと息をつめた。ギガルド国は好戦的で危険な国だという事は子供だって知っている。


「いい、シド行こう」

「アイシャ、ありがとう」

「でもその前に、あたしの学校によって」


シドは首をかしげた。学校の意味が分からなかったからだ。



メアリーは自室で授業の復習をしていた。今日は担任のマリアンナ先生が城に行っていて、副担任のメグアレク先生が授業をしてくれたのだが、何とも分かりにくく間違えている箇所もあった。メアリーは早くマリアンナ先生に戻ってきてもらいたいと切実に思っていた。しかも、同室のアイシャまでマリアンナ先生についていってしまったのだ。室内は静かでいいが、何とも寂し感じだ。


「メアリー」


メアリーは苦笑した、寂しくてアイシャの幻聴まで聞こえ出したようだ。だが、二度もアイシャの声が聞こえるので、不審に思って窓の方に目を向けると、窓のさんにアイシャが座っていた。メアリーとアイシャの部屋は五階だ。慌ててアイシャに近寄ると、アイシャはさんから降り、室内に入ってきた。後ろからは大きな犬が一緒に入ってきた。メアリーは犬に眉をひそめる。黒猫のドロシーだけでも毛が抜けて部屋が汚れるのに、今度は犬まで連れてきて。


「アイシャ、その犬どこから拾ってきたの?ここじゃ飼えないわよ」

「犬じゃないよ、オオカミだよ」

「そうだオレはオオカミのシドだ」


メアリーの問いにアイシャが答えた途端、後ろの犬が人間になった。全裸の男に。メアリーはカナギリ声の悲鳴を上げた。


「きゃああ!変態!!アイシャから離れなさい!」

「あ、シド、メアリーの前ではこれ着けて」


アイシャは自分が身につけていたローブをシドの腰に巻いた。アイシャたち召喚士養成学校の生徒は学校指定のローブを身に着けている。男子はグリーンで、女子はレッドのローブだ。


「メアリー、シドが着られる服探して」

「何よ藪から棒に」

「シドが着られそうな服二着に、メアリーの服二着貸して?これからシドの仲間を迎えに行くの」

「迎えにって今から?あんたマリアンナ先生にちゃんと言ってきたの?」

「えへへ、マリアンナ先生には上手く言っておいて」

「仕方ないわね、10分待って」




メアリーが部屋から出て行くと、シドはアイシャの部屋の窓からしげしげと辺りを見回した。アイシャが何を見ているのか聞いてくる。


「ああ、アイシャのガッコウの近くに、オレが隠れ家にしている小屋があるんだ。偶然だなって思って」


シドは何故か不安な心もちになった。アイシャが心配そうにシドを見上げる、シドは心配ないと笑ってうなずいた。しばらくするとメアリーが戻ってきて大きなリュックを手渡してくれた。それと布をよって作った輪っかをアイシャに持たせた。アイシャはこれが何か分からないのかメアリーに聞いている。


「アイシャはその狼に乗って行くんでしょ?この輪っかを狼の首にひっかけて手綱にしなさい、でないと振り落とされちゃうわよ」


アイシャは頭をかきながら礼を言って受け取っている。シドは背中からアイシャをおっこどした時の事を思い出していた。


「あんたシドとか言ったわね、アイシャを無事に連れて帰ってくるのよ」

「わかった」


シドはトゲトゲしいメアリーに言った。無論、世話になったアイシャは守るつもりだ、シドの命にかえても。シドはそれだけ言うと人型から狼に変身した。アイシャはメアリーに作ってもらった輪っかの手綱をシドの首にひっかける。黒猫のドロシーはアイシャの懐が気に入ったのか、アイシャの胸の中に入ったままだ。シドとアイシャは、五階の窓から飛び降りて、草原をひた走る。ギガルド国を目指して。











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