路地と雪。
木田りも
本文
小説。路地と雪。
始まり。
ラジオのニュースを聴いていた。
どうやら、今夜からより冷え込み、明日には雪が降り積もる予報らしい。確かに肌寒い。
終わらない雑音が聞こえる。ラジオはもう、終わった。
寒さに気付く。だけど気づかない振りをして歩く。これから冬になってしまう秋。寒さが強くなってしまう秋。だから、秋は嫌いだ。
LINEが1件。
「久しぶり」
小さい頃、よく行ってたゲーセンは百均に変わり、駄菓子屋はコンビニになった。効率さ、便利さが求められて、目に見えない小さな暖かさは、消えて無くなっていく。そのゲーセンはもう夢の中でしか行けない。現実には戻らない。記憶の中で生き続け、それはまた趣があるものとなる。
LINEに既読をつける。
よく歩いた路地。特に何かあるわけでもない。でも誰かにとっては特別で。友達の家があったり、待ち合わせ場所だったり、人によっては告白をした場所かもしれない。
返事をする。
既読「久しぶりだね。」
高校生の時に止まっていた時が動き出すような。そんな気持ちが記憶になだれ込んできた。
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おはよう、世の中。
絶対忘れない夢を見ていたはずなのに、それを忘れた。忘れたっていう事実だけが残り、それを思い出せない。
目が覚める。昨日は雪が降り積もったらしい。眠い目をこすり、トーストを食べ、シャワーを浴びる。朝の7時台に起きなければならない高校生という仕事は大変だと常々思う。
雪が積もれば自転車は使えない。高校から割と家が近い僕は冬は歩くことにしている。家の鍵を閉めて、螺旋の階段を降りる。
君はいつも唐突に僕に話しかける。朝、僕たちは学校に一緒に登校する。もう3年。慣れた。いつものことだ。もちろん、君のことは、さほど好きではない。毎朝、君を待つ時間も、寒さを我慢する時間も、一人で登校するよりも君が話を振ってくれる方が楽しいという合理的な理由があるだけだ。
名前もない路地。学校への近道。君と歩いた道。君は僕に話しかける。僕は、話を半分くらいしか聞いておらず、もう半分は眠気と戦っている。君は怒る。僕は謝る。いつも。
学校に着くと僕らは離れる。クラスが違う。記憶はあいまいだが、その日は現代文の講義でこんな言葉を聞いた。
鯨骨生物群集という言葉がある。
死んだ鯨が深海底に沈み、それを食べる生物の群集が出来る現象のこと。それは、我々、人も同じではないか。僕の解釈は、降って湧いたチャンスにあやかる人たち。それは子供よりも大人に多い。譲り合い、思いやりなんて言葉は小学校で消える。取ったもん勝ち、やったもん勝ちなのだ。この世の中は。律儀にエサを探す深海魚は生きていけないのだ。
当時は意味がさっぱりだった。だけど、今でも思い出せる。先生が少し、というかかなり癖の強い話し方をしたからだ。こんな風な記憶が未だ、流れ続けている。
この路地。まだ、景色があまり変わってなかった。街は日に日に変わる。ゲーセンはもうない。君と食べたあまりおいしくないラーメン屋もなくなった。どこもかしこも変わる。変わらないのは、変われないのは、僕だけなのかもしれない。路地を進み、君の家を見つけた。
今、何してるの?と、君からのラインを眺める。
休みはよく君の家に行った。家が近かったから。君の家はいつもいい匂いがして、美味しいお菓子もあって。いつも君と一緒にいれる。決して好きな気持ちは見せないのだけれど、僕はこの瞬間、いつも幸せだった。幸せの絶頂にいるのが怖かった。幸せが終わった次の目的地を見たくなかった。だから、僕は君の家から帰りたがらなかった。でも、あの日。君と君の家で初めてキスした日。僕は、君とそれまでの関係に戻れなくなってしまった。進んだつもりが、戻れなくなり、また遠くなる。君との距離がまた遠くなる。踏切の音が聞こえてきた。しあわせを掴むには動き続けるしかないが、動いたことでしあわせを失うことだってある。僕は、踏切を超えた。
「危ないですよ!何してるんですか?」
僕は、気が付くと踏切の外側にいた。
「ああ、すいません、ちょっと寝ぼけてて」
「あの、ほんと、お気を付けて。生きてれば、いいことありますから。」
それだけ言ってその男性は歩いていった。僕は、普通の人になろうとして、その男性の背に深々と礼をした。僕は、いつも普通であろうとした。人間の多くが決めた普通というものに。普通に支配された僕は、普通でなくなった。しかし、それがばれてはならない。私は、普通に社会に適合しなければならない。このようなことはあってはならない。もう二度と。僕が普通じゃなくなった日。あの日。普通になりたくて。僕は、僕であることをやめた日。
君とキスをしたあの後。僕たちは付き合った。お互い、望んでいた結果。であるはずだった。普通の男女がそうするように、私たちは恋人になった。君はあれから今まで以上に僕に笑顔を見せるようになった。僕は、それで何が変わったのか、あまり、理解できていなかった。これからは、君とキスをしてハグをして、毎日を過ごす。それが普通であることに、普通になりたかった僕は気づくことが出来なかった。僕は、君と過ごすはずの時間を多く無駄にした。僕はそれを酷く後悔している。
天気予報通り冷え込み始めた。秋が終わり、冬が始まる。僕はどこを目指しているのか。当てもなく歩くと、路地を抜け、多くの人が歩く道に出る。人ごみを歩くとどこか安心する。自分もその人ごみの中の一員であると認識できるから。でも、人ごみにいると、君を忘れてしまいそうで怖い。僕は、あの路地から離れられないのかもしれない。
「どこに行ったの?」
君の家に帰る。君はいなかった。冬の寒い日。僕たちは唐突に終わってしまう。冬の寒い日。
「今、何してるの?」
既読をつけて。
既読「家に向かってる」
とだけ送り向かう。昨日、君から話があると聞かされた。ただ、僕は学校でたちの悪い友達につかまり、勉強を教えていた。終わったのは夕方を過ぎていた。
「遅れてごめん、これから向かう」
家に着くと、君の親が現れた。不思議そうな顔をしていた。僕は君を探す旅を続けることにした。君が僕に話したかったことを聞く冒険。
読みかけのままの本を逆さに置き、またすぐ戻ってこられるようにして僕は外を歩いている。そうすれば、僕はまだ何かの途中であり、終わってしまうことはない。あの路地には、今も花が手向けられている。昔、この路地で事故があったらしい。君を探し続けている僕には関係のないことだ。僕は、この街を歩き続け、疲労がたまった。この思い出の路地で少し休もう。また、元気になれば歩き出せばいい。花が手向けられている電柱に背中をつける。君の匂いがした。
二人の温度差をラッピングするように、車は温かい。君の親の運転で、君と別れた。君の親は泣いていた。僕は、まだ冒険の途中だから、泣いてなどいられなかった。必死で勉強して、君が目指していた大学に行った。そこに行けば会えるかと思って。4年間。でも会えなかった。就活を行い、この街で勤務できる企業に就職した。仕事は決して楽しくないけど、君を探すために僕が生き続けるためのお金を稼いだ。でも。君はいなかった。君は隠れるのが上手だ。
雪が降り始めた。
今、もしこの瞬間に君がいたら、君に会えたら。僕はどれだけ嬉しいか。そんな妄想をしながら生きている。もう眠い。君の話を半分しか聞いていなかった時のように、僕は眠くなった。日付がそろそろ変わる時刻だろうか。視界がぼやけたとき、人影が見えた気がした。
「あ、雪。」
君の声が聞こえた。
終わり。
あとがき。
私も、一区切りを迎える。先日、創作を始めてから1年が経過した。正直、あっという間であり、1年間あればもっと文章力が向上していると思っていた(笑)ただ、1年間の1日に感じたことを忘れないように、大事に生きようと思っても、過ぎてみればあっという間という6文字で片付けられてしまう。これから、社会人になり、創作を学生の時のようにできなくなるだろうという不安もある。しかし、それ以上に、新しい環境で、新しい人と出会い、新しい生活を送ることは、また新たな価値観に触れ、つらかったり、大変だろうけど、きっと充実したものにしていこうとポジティブに考えていこうと思う。
今回は、そんな気持ちで書いた作品です。個人的には、これはハッピーエンドだと思っています。是非、読んでいただけたら幸いです。
この作品を読んでいただけた皆様に感謝します。
路地と雪。 木田りも @kidarimo777
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