ヨナスの面接

 やはり人は一度持った印象に引きずられる。


 朝、護衛と共に宿へ行き、軽く驚きつつ目立たない程度に礼を示す男を見てディアナはそう考えた。

 どうにも自分が一日で会いに来たのさえ、昨日自分を待ち伏せたように男の予定通りと感じてならない。

 いや、それも不思議ではないのだと自分に言い聞かす。

 隔絶して賢明な主が認めた本である。この男が『あれだけの価値ある本ならば直ぐに対応する』と考えていても当然だ。その場合目の前の男は、態々戸惑っている振りをする嫌な奴となるが。

 ただ、それもまた違う気がしてディアナは落ち着かない。

 しかし。と、静かに深呼吸をする。―――まずは主命果たすべし、です。


「ヨナスさん、でよろしいかしら。幾つか尋ねたい事がありまして。今から半鐘ほど時を頂けますか」


「それは、勿論。えっと、話しは人の居ない所が良いと思いますが―――どういたしましょう」


「貴方が取っている部屋で。不都合がなければ、ですが」


 そう言われてヨナスは護衛を見て一つ頷き、

「分かりました。ではこちらへ」



 全員が部屋に入り、護衛が扉を閉めるとヨナスは両手を軽く上げ、

「私、狭い部屋での貴き方に示すべき礼儀が全く分かりません。とりあえず身体検査をなさるのでしょうか? そちらの方に誤解から斬られたくはありませんし、どうぞご指示を願います」


 一瞬そうしようかと考えてしまい、それが男に気圧される物を感じているからだと気づいてディアナは自己嫌悪に陥る。

 客とするかもしれない相手には非礼過ぎる対応である。第一目の前の男に自分を傷つける理由は無いし、剣を下げた護衛までいる。

 ―――公爵家の使者たるもの何者が相手でも毅然としなければ。平民相手に億すようでは、職を返上したほうが良いではないですか。


 閉じた口の奥で歯を食いしばり気合を入れ直して、

「いいえ。結構です。しかし本の処遇について話す前に、数点確認しなければなりません。どうぞそちらの机の前にお座りを」


 言われて素直に座ったヨナスの前に、主君より預かった本と紙を置き、

「はっきりと申し上げてこの本がヨナス様お一人の作とは思えないのです。ゆえにまずわたくしの指示する項を書き写して頂き字を確かめます。

 貴方が本を何処かで手に入れただけなら申告を。その場合も主君は十分な褒美を用意していますので、ご安心なさいませ。もし作者をご存知なら褒美は更に増えます。

 言うまでも無いとは思いますが、公爵家に嘘を吐けば貴方にとってよろしくない結果となるでしょう」


 ディアナの言葉にヨナスは貴族から恫喝された平民として当然の怯えで表情を引き攣らせ、

「え、は、はい。承知しました。あの、とりあえず書き写せばよいのですよね? それでもし私が偽物に思われたのなら褒美は返上して退散しますので、どうかお慈悲を頂けますよう」


『その時は王都を離れた所でが本を取り戻すのじゃな?』


『いや、本自体を高く評価してくれてるなら保全をお願いしたい。記念には欲しいから清書作業が終わってそうな数年後に取り戻せたら。て感じかな』


『ふぬぅ―――。公爵の名が入っている方が大切に扱われやすいというのは分かるが、自分の名が消えては悔しかろうに』


『善行の一種のつもりなら見返りを求めるのは賢くないと思うしねぇ。それに評価されるのは早くて数百年後の予定なんだから、名前残してもしゃーないよ。ノクヤがその時自慢したいのなら何が何でも乗せるけど、嫌なんでしょ?』


『言うまでも無き事。の名を人が人らしく好き勝手批評し利用するのを耳にしては我慢出来ぬ。全て土に返してしまおうぞ』


『でしょ。ま、何であれ一つの目標以外求めると面倒事の元ですよ』


『番い殿はその心がけがほんに好きだの』


 そのような会話が目の前の男と、寝台の後ろに隠れている鳥の間でされていると知らないディアナは、数秒の間ヨナスの内心を見破ろうと睨むも怪しく思えず、そのまま書き写させるも書の文字としか思えなかったので、

「次は本のこの項に描いてあるような人の絵を。わたくしで結構です。ただ短時間で描くように努力してください。鐘一つ以上は困ります」


「はぁ。承知しました。まず砂一つ分で描いてみますので、ご満足頂けなければ半鐘の時間頂ければ」


 砂一つ? と余りの短さにディアナは訝しむが、荷物から道具を取り出し描き始めたヨナスの手つきは熟練の物。

 そのまま鉛筆の音だけがきっちり砂一つ分だけ響いて、

「こんなん出来ましたけど。如何でしょうか」


 ディアナは思わず目を見開いた。鏡で見慣れた自分がそこに居た。今まで見たどんな絵よりも本人に似ているかもとさえ感じる。

 一応護衛に見せ、

「どう思いますか?」


「は―――その、大した腕前であるかと」


 確かに文句のつけようが無かった。本の絵に似ているとも感じる。それでもディアナは不満を感じた。

 とは言え先にやるべき事をやらなければならない。

 ディアナは椅子から立ち上がり、上位の貴族に対するのと同じ礼を取りつつ、

「ヨナス様。公爵家は貴方様を御書『クローゼ王国録』の作者と認めます。数々の失礼、お許し頂けますでしょうか」


 対してヨナスは、片膝をついて頭を下げ、

「許すなど思いもよらぬ言葉。クランリー奥様のご指示は貴族として当然の配慮だと、卑賤の身ですが承知しております。私のほうこそ相応しい態度を知らず、数々の無礼があった事でしょう」


 作法で言えば、先に謝罪したディアナに頭を上げるようヨナスが言うべきだった。しかしヨナスからは動かないとディアナは察し、

「お言葉にお礼申し上げます。では、互いが失礼を許すと同意くださるのなら、お立ちください」


 立ったヨナスの目をディアナは見る。やはり。と思った。公爵家に自分を認めさせた平民らしい歓喜が見られない。精々、当然の事が当然に起こったという程度の喜びしか。


「では、このまま屋敷へ来て我が主と謁見をして頂きます。何かご予定がおありならおっしゃってください。公爵家が補償いたしましょう。

 他に、何かご質問はありますか?」


 ヨナスは両手の指先を合わせ眉間を擦った後、

「服装はこれと似たような物しかありません。無礼かとも思うのですが」


「我が主は誰が相手であろうと過剰に要求なさらない賢明な方。服装、作法、言葉遣い。どれにおいてもヨナス様なら十分であるとお考えになるでしょう」


「成程。有難い話です。では案内をお願いいたします」

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