ヨナス、ミーアに指針を与える2
「いえ、ありません、けど。なんて言っていいのか、本当に凄いですアニキ」
―――そらー凄かろうな。まんま子供と大人の差だ。仕方ないとは言え大人なら普通分かる話をして、こんな目で見られると恥で悪寒がするわ。
「褒めてくれるのは嬉しいけど、今までのはミーアのお家を知りもせずそこらで聞く話を言っただけだからあまり信頼しちゃ駄目。しかも一年経ってる。ミーアの記憶と違う部分もきっとあるよ。第一夫人様も状況や周りの人の変化で考え方が変わって、将来ミーアにお兄様を助けて欲しいと思ってるかも」
無言のまま首を振って絶対ありえないと示すミーアに苦笑しつつ、
「確かなのはミーアがこれからも成長した方が良いという事さ。期待された時応えたいと思えば知恵と力がいる。嫌われていた時理由を考え上手く相手をするのに知恵が、耐えるのに力がいる。何より賢さと力を身に付ければ出来る事が増えるもの」
「出来る事が、増える。その―――第一夫人様から嫌な事をされないで済むようにも出来るようになったり、とか?」
「もしかしたら、ね。ただ―――何か出来そうでも大人になるまでは我慢。私が話した通り黙って負けて静かにしておくのが一番じゃないかな」
その言葉にミーアはヨナスが見た事も無いくらい嫌がる表情になり、
「そんなぁ。大人って、後八年も? そんなに長い間あの方に絶対我慢しないと駄目なんですか?」
「十五歳は大人になってないから。球蹴りを思い出してよ。蹴って良いよと言われて直ぐ上手に蹴られるようにはならないだろ? 同じように大人と言われて、大人となる練習をずっとしてやっと大人になれるもんだ。だからせめてニ十歳。十三年かな」
ヨナスとしては脳みそニトロな十五歳よりマシとしても、ニ十歳も中国建築並みの信頼性なので論外である。
とは言え人生の二倍近くを耐える時点で無茶苦茶な要求なのだ。
実際ミーアは表情を更に暗くして、
「ニ十歳なんて……。長すぎます」
「私もそー思う。けど、第一夫人様に何かするとしたらジュリア様も巻き込んでの話になるんじゃないかなぁ。なら出来る限り成長した自分にさせたいじゃん。そしてミーアの限界はまだ先だろ?」
言われてミーアは何とか反論しようとする気配を見せたが、結局不満そうに、
「言う通りだとは思います。でも、『限界はまだ先だろ』なんて恰好良く言って騙してません?」
ヨナスは苦笑を浮かべつつ、
「騙してないとも。長すぎるのは意地悪で言ってるんじゃないし。ああ、我慢する時間を短くしようとして、何であろうと急ぐのは最悪だからしちゃ駄目だよ。何時でも余裕が必要だ。第一―――あー、前の冬、君は初めて凍った地面を見たと言ってその上を歩いた。あの時、どんな風に歩いた?」
突然の質問に驚くも直ぐに考えてミーアは、
「ゆっくりと歩きました。足の感じを頑張って確かめて」
「うん、覚えてたね。君は王都へ戻れば多分多くの人に囲まれるんだろ? そうなると何時だって賛成する人反対する人が居る感じで、皆の考えがくっちゃくちゃになってるから何が失敗なのかさえさっぱりになる。ならせめて何をする時でも氷の上を歩くが如く慎重に、自分がこけそうになってないか確認してから動くべきだ。
但しあの時みたいに顔を下げず上げて。夜、明かりを持たず暗闇の中を行くが如く、ほんの小さな光で映る物も見逃さないように注意深く。そうすれば失敗を少なく出来るし、間違えて何かにぶつかった時でも痛みを減らせる」
子供には無理な話をしたように思えたので、ヨナスはミーアの様子を伺い、
「よく分からなかった事とかある?」
「あの、夜一人で不浄に行った時お母さまを起こさないよう静かに歩きました。同じようにすれば第一夫人様やお兄様たちに怒られにくいし、もしかしたらわたしに気づかれないで済むかも。そういう意味もあるんですよね?」
然り。その通りである。だが気づくとは期待していなかった。
幾ら教育を受けていようと所詮は子供。分かりやすくなるよう努力はしたが半分も心に留まらず、半年も経てば九割がた忘れると考えていたのに。
ヨナスの心と顔に達成感と多くの感情が混じった喜びが浮かんだ。
「それは考えて無かったなぁ。でもその通りだ。とても真剣に聞いて考えてくれてるんだ。有難うミーア。
あれだ。こやつめ、速くも私を超えおったわ、フハハハ。って感じだ」
適当に
―――なんで? 流石にネタが異次元古過ぎたかな。適当に面白い感じと思ったのだけど。
「えっと、ミーアどうしたの、変な話した? 思った事を話して欲しい」
「―――凄く、多くの事が分かったような。アニキは、アニキがそうしているのですね。氷上の上を行くが如く、闇夜を行くが如く歩いている。だから、そんなに賢いんですね」
いや、全然。君の方が慎重で賢いよ。私が七歳の時なんて目にセロファン貼り付けて同級生の戦闘力計るくらいアホだった。と言うのが素直な返答だった。
が、意味不明の妄言になるので、
「いや、私の周りは味方しか居ないからそんな気を付けて動かないよ。ただ、必要だと感じた時には言った通り出来るようでありたい。とは思ってる。やらないと出来ないは大違いだから」
「はい。そうだと思います。
―――あの、アニキのお話しの通り頑張ったら、わたしもアニキになれるでしょうか。アニキがしてくれたみたいに、お母さまを守れるように」
二重三重の意味で無理である。まずヨナスに追いつくのに二十年は掛かる。何よりヨナス程度ではどうしようもないとほぼ確信したからこそ、親娘を見捨てると決めたのだ。
しかし事実を話せば悪意があるも同然。だから、
「君は私を追い越すよ。それは大丈夫としてジュリア様を守りたいなら―――そうだな、ミーアは何か芸術、絵を描いたり、踊ったりみたいな他の人を楽しませられる習い事してる? 好きなのとかある?」
「へ? えっと、弦楽器と歌うのが上手であると先生からは言ってもらいました。けど、好きかは良くわかりません」
「音楽が上手なら最高だね。これからも練習して将来はジュリア様の好きな曲を演奏したら喜んでもらえると思うんだ。そうやって安らぎの時間を作られれば、心を守ったと言えるんじゃない?」
聞いてミーアは感心しきりな様子で、
「はい、素晴らしいです。頑張って練習します」
「頑張り過ぎちゃうとそれはそれで心配させちゃうから適当にね。さて、役立ちそうな話はこれで全部。ミーアからは何かある?」
尋ねられて顔を俯かせて考え、
「―――色々あると思うのです。でも、やはりわたしが愚か者だからどう言えばいいのか。その、アニキ、何とか一緒に来てくれませんか。最初の一年、いえ、一か月だけでも良いのです。直接見て教えくれれば、どんなに心強いか」
願いを込めて顔を上げ、落ち込んで又俯く。『ヤダ』とはっきり書いてあった。
それでもミーアは考え、もう一度別れを全く悲しんでくれてなさそうな顔を見ながらも、
「わたしがお会いに来るのは良いですよね? 本当に困った時しか来ないよう頑張りますから」
―――すまんな。最上流層の人間が本当に困るような話はどうにもできない。
「あのね、ミーアはこれから孤児で子供な私よりずっと力ある人たちと出会う。私と会おうなんて考える時間があったらその人たちとお話ししなきゃ。だから二度と会わないと言ったのさ」
アニキへの信頼は今も増すばかりで、正しい事を言ってるのだとミーアも感じてはいる。
しかし余りに普段通りで―――もう少し、こう、悲しんでくれても良いのに。そうも思うのだ。
やはり自分はどうでもいいよその人なのだろうか。もし違えば。これは何時かの夜以来頻繁にする想像だった。
幾らか自棄になっている心にも押されて、口から言葉が転がり落ちた。
「あの、ですね。無理なんですけど、とても気になる事があるんです。その、変な質問ですけど嫌いにならないで欲しくて。聞いてもいいですか?」
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