蹴球で仕事を無理やり語る
一緒に動いていた青い点と薄いオレンジ色の点二つが短時間止まり、青い点だけが再びこちらへ移動している。
この時点で―――やはり無理だったか。とヨナスは思った。
そして到着したミーアがときおり何かをこらえながら子供たちへ普段通り挨拶しようとするのを見て、幸せな時間が終わったのを確信した。
―――様子から今日が会える最後の日かも。となれば皆に思い出が残るよう試合全てにミーアが出るのは当然として、他にどうしたものか。
試合が続き日も陰ってきた。そんな中ヨナスの声が響く。
「今日最後の試合に出る人を言うぞー。片方はリオネラ、フューラー、」何時も通りの事なので皆素直に頷いている。
が、対する面子発表の最後に、「ミーアと私な」と言うと、最初に呼ばれた方が揃って「うええええええ!?」と声を上げ、リオネラがむくれた顔で、「ちょ! アニキ酷いよ。絶対そっちの方が強いじゃん!」
「じゃかーしい文句言うな。何時も言ってんだろ。これ負けるなと思っても、少しでも何とかするべく頑張れって。つーわけで始めよう。ま、球はそっちからで」
始まった試合は多くの子供が感じた通り一方的になっている。
そして今、ミーアの蹴った球がリオネラの足に当たり、高く跳ね返った所へ最初にヨナスが走り込み、相手側全員の表情が示し合わせたように引き攣った。
勿論諦めたわけではない。球がヨナスの足に収まる前、高く浮いている今の内に体を当てようとフューラーが突っ込むが、
それを見てからヨナスは浮いている球を頭でフューラーの居ない方に叩き落し、誰の予想よりも数段速く走りだす。
「嘘ぉ!?」
ヨナスは
一瞬、フューラーは安心した。球はまっすぐ
が、守っていた子供たちの影からミーアが足を延ばして飛び出し、見事に球を捕らえ押し込んだ。
興奮した歓声の声が上がった。
首を動かすのもきついくらい荒れた呼吸の中、フューラーはリオネラを見る。全く同じ表情になっていると思った。―――無理だよなこれ。
一方ヨナス達の雰囲気は明るい。自陣に戻りながらミーアは興奮冷めやらぬと言った面持ちで、
「ヨナスアニキ、今の凄い恰好良かった! 頭で速くなるの! あと、最後のあれ。こっちを一度も見てなかったけど、もしかしてわたしがあそこに居るの知ってたの?」
「いいや。居てくれないかな。と思って蹴った。あれに反応して決めるとはね。驚いたよ」
言われて更に顔を赤くして喜ぶミーアを見、ヨナスも上手い事行ってるなと嬉しく思う。後は対戦相手の心が持つかだが。
「アニキぃ」と呼ぶフューラーの声の調子で、ま、そうだよな。と感じつつ、
「何?」
「無理だよこの分け勝負にならないよ。アニキとミーア分けてよぉ」
十歳になるかどうかの根性としては頑張ったなと思う。だが今、『はっ』と何かに気づいた様子の後、こちらをチラチラ見てるミーアにはもう少し楽しませてやりたい。ので、少し考える。
ヨナスは立てた両手を顔の前で擦った後、額に当ててから少しして、
「私はそちらの皆が喜んでくれると思ってこの分けにしたんだけどな。確かほぼ全員騎士になりたいと言ってたろ?」
「それは、なりたいけど」何の関係があるのかと全員が困惑の表情を浮かべ、
「え、だって騎士は色んな相手と戦うのが仕事なんだよ? 物語の騎士だって偶には負けるじゃん。本当の騎士なんてしょっちゅう負けるよ。そしてボロボロに負けそうな時、すーぐ音を上げて逃げたら騎士じゃないでしょ?」
「え、え? う、うん。でも球蹴と騎士じゃ違うよ」
「うん、違うね。けど想像してみてよ。騎士になり、戦場に出て走り回って疲れてる将来を。しかも矢が刺さってて痛い。こんな感じの今よりきつい時は必ずあるさ。しかも負けてたら領主閣下を逃がすために全力で戦わないといけないんだ。それに比べたら今のきつさくらい何でも無いだろ?」
「う、うん―――」
煮え切らない様子だ。しかしやる気が出てきた表情になっている。
―――乗せられたまえ子供たちよ。実際孤児はこの程度でピーピー言ってたら先が暗いぞ。と思いつつ、ヨナスは声を少し強くして、
「人は、追い詰められたときにしかそいつの本当の価値は分からないんだ。だから今投げ出したいくらいきついのは、何時かの時の練習になる。そう思ってこの分けにしたんだけど―――まだ不満かい?」
フューラーも、他の子も気を取り直した様子が見える。しかしまだ不満そうなのが居た「あたしが将来なりたいのは、騎士じゃないもん」リオネラだ。
少し困ったなと思う。もう皆息が整ったようだし早く再開したかった。まぁリオネラは元気な負けず嫌いなので多分、
「リオネラ、さっき左から攻めた時の突込み、良かったね」
「う、うん。上手く抜けたと思う」「だけど最後外した。実は驚いたんだ。何時もなら八割決まっていたと思う。私が教えた事を出来てる時のリオネラならね」
「う、ううううぅ―――だ、だってさヨナスにぃ」「いや、仕方ないとは思うんだ。誰でも一日で頑張り成長出来る量には限界がある。今の、いじけて一番大事だと教えてた集中が切れたのが今日最高のリオネラでも変な事じゃ、」「ち、違うもん!」
真っ赤な顔。涙ぐんでる目。良い感じである。そう感じたのは見せないが。
「あたちはもっと出来るもん! あたちがにぃの一番の
子供たちに
「そーですか。なら実際に見せてちょーだいな」
そう言って球を蹴り渡し、試合が再開される。当然ヨナスは容赦しなかった。
「うーっ、酷いよにぃ。渡す方全然見ないし。止められないよあんなの」
ごもっともと思う。脳裏の光点だけを見てのパスは余りに卑怯。しかしそうは言えない。抱き着いてるリオネラの頬を両手で掴んで伸ばしつつ、目を合わさせて、
「止められないのは周りを見てないからです~。走ってる相手の数と場所を見て動きを予想するんだよ。リオネラは自分が動くのは上手だけど、味方を使うのと相手の動きを考えるのはもっと頑張ろうな。ちゅーか泣き止みなさい」
さっき顔を付けられたところを見る。鼻水が付いていた。
「だって悔しいもん。―――あ、敵が来た。帰ったと思ったのに。何か忘れ物かな?」
ミーアの事である。彼女は鐘を聞いて迎えに来たのであろう薄いオレンジの二点へ走って行き、追い返して来たところだ。
「敵は酷いなぁ」
「酷くないし。あんなに点取って笑顔だったミーアが酷いし。ねぇにぃ、明日はあたちとミーア別の分けにして欲しい」
ミーアの苦笑に近い笑顔が崩れかける。
「いーよ。しかしリオネラは負けるのが足りてないねぇ。負けに捕まるんじゃなくて、次勝つにはどうしたら良いかを直ぐ考えるようになって欲しいなぁ。だからミーア、次の試合も頑張ってこいつに良い負けを味あわせてやってね」
「何それ本当酷いよにぃ!」ヨナスは文句を続けようとするリオネラの口を引っ張って黙らせ、ミーアの方を向き、
「で、何か忘れ物?」
「忘れ物は、ないのですけど。あの、アニキに送って欲しくて―――駄目ですか?」
予想通り。光栄な事だと思う。高貴な立場の人に此処まで大切に思われる経験は生涯でもうあるまい。
「駄目な訳ないじゃん。じゃ、帰ろうか」
「うそっ!?」
そのリオネラの声には混じりっ気の無い驚きがあった。日頃ミーアの住む領主城に近づかないようにしているからな。とヨナスは思う。しかし今はリオネラと駄弁る暇が無い。多分ミーアはさっさと帰ってくるように言われている。ので、リオネラの頬を少し強めに引っ張りつつ、
「嘘じゃないですー。ほら、離れてリオネラ。少し遅れるの院長先生に伝えてね。て事で待たせてごめんよミーア」
「ううん。―――リオネラちゃん、遊んでくれて有難うね。さようなら」
「―――? うん。又明日。次は絶対勝つから」
「そう、だね。わたしも負けないよう頑張る」
リオネラは幾らか違和感を感じた様子を見せたが深く考える訳も無く、残る二人に軽く手を振ると既に歩き出している孤児院の子らに追いつこうと走って行った。
ヨナスは見送るミーアを見て幾らでも付き合うつもりになる。が、十を数える前にこちらを向き、
「アニキ、屋敷まで手を繋いでくれませんか」
返事の代わりに握った手は、いつもより冷たかった。
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