ヨナスのヨナスたる対応

「違うの、大げさに話してしまっただけで本当は、ヨナス君にお願いしたいのは―――ミーアの、理解者になって欲しいの。あの子の話を聞いて、頑張っていたら褒めて、辛いことがあったら一緒に悲しんで。今日までヨナス君がしてくれたままを王都で、それも難しい時は、ただ傍に居てくれれば―――」


 ヨナスは自分が勘違いしていたと感じた。彼女は子供へ話しているのではない。

 辛くて助けてほしい。無理ならせめて自分を理解しようとしてくれる人に話を聞いてほしい。そんな心の中にある自分の望みが口から溢れているのだ。

 そして王都へ行けば子も同じ境遇になるとの予想があり、せめて自分が欲しい物を子に用意してあげたいのだろう。


「―――王都に来てくれるだけでとても、助かるの。わたくしも出来る限りヨナス君の新しい生活が良い物になるようお手伝いするわ。だから、ミーアを見捨てないで。お友達でしょう……?」


 組まれた手の指先が赤くなるほど強く押され、手の甲に皺ができていた。

 彼女は子供を遠く不味い環境の所へ、感情に訴えて半分騙すように連れて行こうとして、罪悪感的な物で苦しんでいるように見えた。―――真っ当な大人だな。とヨナスは思う。

 が、成人した支配階級としては真っ当ではない。


 人が集まれば全ての確率が増えるのだから、正真正銘の精神異常者が出てくる。また様々な理由で過剰な罰を受ける善良な人も常時居る。こういった問題をゼロにするのが人では不可能なくらい、誰にでも分かる事だ。

 それを管理する貴族や大商人ともなれば相応に人命を軽く扱う知性を持つはずで、ヨナスもラウメン子爵が泥棒をした孤児の子供を溜息一つだけで殺すのを見ている。

 村が皆殺しになった時一々心から涙を流すお貴族様なんて物は、地球の二十世紀以降に作られた人を気持ちよくさせて金を撒きあげる為の物語にのみ存在しており、現実に居たら心を壊して迷惑になるか、小を生かして大を殺す大迷惑貴族となり、下手な暴君より社会の邪魔だろうとヨナスは考える。


 よーするに孤児一人の人生を消費する程度で動揺してしまうお嬢さんを、極まった訓練済みの暗殺者が飛んでくる場所に放り込んだ奴が居るのだ。多分夫である。


 ミーアへ遺伝した物から計算するにさぞ御立派な男性なのだろうし、高い地位の人間には子供を複数作ってもらわないと社会崩壊して地獄を見るのは分かっている。人材は社会の何処であろうと足りないものだし、優秀な支配者ともなれば宝石も目じゃない希少価値である。とにかく数を増やさないと話の始まる可能性さえない。

 それでも自分が夢にも望めぬ女性の夫な時点で嫉妬物なのに粗末にしてるとあっては。上位が無駄に占有浪費すれば下に来るはずの資源がなくなり、世界の幸せの総量が減るのだから殺して良いのでは? という気分にミシミシと音を立てそうなほど力が入る。


 何より夫が守っていれば、今この哀れな女性を見捨てる為に罪悪感で重たくなった口を苦労して開かず済んだのだ。


「あの、変な話ですしあり得ないと私も思うんですけど、私がミーア様の友達で、傍に居れば助けられると今話されました?」


 暫く考えていた様子の子が戸惑いがちに言った内容に、ジュリアも戸惑いを感じつつ、

「ええ、言ったわ。何か変かしら?」


「だって、遊んでる中の特別頭の悪い奴以外ミーア様が友達だなんて言いませんよ。当然私もです。それに、」


「――――――え? 待ってヨナス君。ミーアは、友達ではないの?」


「はい。ジュリア様」


 事実である。そもそも三十年以上生きた人間が、六歳の交友関係で友なんて言い出したら気持ち悪かろ。と、ヨナスは思う。相手が二十歳でも自分が同年齢の頃を思うと友と言うのは厳しい。

 更にミーアには年齢差が可愛らしくなる程に困難が山盛りだ。


「でもあんなに親し気、いえ、とても仲が良いように感じたわ。二人が友達でないなら世の中に友達のいる人が殆ど居なくなってしまうと思うの」


「えっと、私がミーア様と仲良くお話しするのは、ミーア様がそうして欲しいように感じたからです。だからミーア様やジュリア様が下僕らしくしろと言うのなら、そうします。こういうのは友達とは言わない。と、思うんですけど」


 この時点でジュリアにとって決定的と言えた。それでもあがいて、

「でも―――ミーアと、一年以上遊んでくれたのは、ミーアと一緒に居るのが楽しかったのもあるでしょう?」


 突っ込んでくるならヨナスに出来る事は踏み込むのみ。事は既に生きるか死ぬかだった。


「楽しかったのはミーア様が鼠に合わせてくださったからです。ミーア様が、」鳥。と言いかけて何とか舌を止める。

 危ない。王家を祝福したとされる神の使徒竜を最上の存在とするクローゼ王国では、その竜と戦った鳥は最も邪悪で、悪魔という言葉の代わりに『怪魔』しかもその王と呼ばれているのだ。

 家畜として色々な鳥を使っている為か普通は大して気にしないが、歴史や文化を重んじる貴族層だと家紋に鳥を使う家が無いくらいには不吉な存在だと聞いていた。かと言って竜は王家を象徴するので人の例えに使うのは酷い不敬罪でありもっと不味い。ので、

「獅子か魚かは分かりませんが、どちらにしろ違う動物です。一緒に居るのが楽しくても鼠が魚や獅子と一緒に生活しようとしたら、溺れて死ぬか縄張りが違い過ぎて置いてかれて飢え死にするか。ああ、他の魚や獅子に食べられちゃったりもしますね。

 何にせよ鼠は鼠の場所で鼠と生きるのが一番良いに決まってます。嵐が来ても地震が起こっても鼠は鼠のまま。卑しいと言われる私たちですが、幾ら何でも鼠と獅子が友達だなんて考えませんよ」


 ジュリアは呆然とヨナスを見つめ、俯いた。

 其処まで衝撃的な話だっただろうか。ヨナスとしては誰でも言う話しのつもりだった。

 友達ではないと言われ少しは感情を逆撫でされようと、『下層市民が身の程を弁えて』なら仕方がないとなる。

―――いや、怒っているのではない? では、「鼠は、鼠以外になれない。他の生き物と共に生きようとすれば死んでしまう、か」


 語りかけられたのか独り言か分からずジュリアを見ると、まだ俯いていた。


「ミーアがヨナス君を褒めてた通りね。君は本当に賢いわ」

 ジュリアが顔を上げた。そして、

「わたくしにも、あの時、賢さが―――」


 目から光りが落ちた。

 その時、ヨナスにはそれが涙だと認識できなかった。自分でも理解できないまでに動揺していた。

 何かを言うべきだと思う。しかし全く言葉が浮かばないまま時が過ぎ、結局場を動かしたのは手を頬に当てて涙に気づいたジュリア自身だった。


「……あ、嫌だ。何を泣いてるのかしら」


 手巾ハンカチを取り出し涙を拭うと笑顔で、

「ね、ミーアと遊ぶのは楽しいのよね?」


 まだ動揺から立ち直りきれなかったがヨナスは何とか、

「は、はい」


「ならせめて此処に居る間はこれからも友達のようにミーアと遊んでくれる? まだ王都に帰るかは分からないから、もしかしたらずっとかもしれないけれど」


「それは、ミーア様とジュリア様のお言葉通りに」ジュリアの表情に憂いが混ざったのを見て、「あ、いや、私も嬉しいですし」と率直な心情を追加すると、

「―――有難う」


 静かだが心から喜んでいる笑顔。とヨナスは感じた。しかし、それでも乱れた鼓動は落ち着かなかった。


******


 更にもう一皿お菓子を頂き、一応という感じで王都帰還への口止めを受けた後お茶会はお開きとなりヨナスは帰途についた。

 今生で初めてと思われる節々のこりを感じるが、肩を回すのは止めておく。

 つい先ほどまで居た部屋の窓際位置に緑色の点が見えるからだ。


 一応は好意を持たれたまま食事会を終えられたのにヨナスは安堵する。

 今後のことはなるようにしかなるまい。

 ミーア親子にはとても純粋な好意を感じていた。だがもし命、いや指一本失う程度の危険でさえ、あの二人を売りかねない人物が自分だとヨナスは確信している。

 だからせめてあの方に祈るくらいである。お互いの為、王都に連れて行くのを諦めてくれるように。


 歩きながらジュリアと名乗ったお嬢さんが泣いたとき感じた衝撃を思い出す。

 美しかった。人が表せる極地かもとさえ思う。だがそれだけではなかった。多分、彼女の背負ってきた物による何かがあったのだろう。


 とりあえず、将来売る美人画として今日見たジュリア様の様々な表情を絵に描こうと決める。そしてあの涙の絵は特別力を入れて描くと。

 その絵を生きてる限り何度も見て思い出し、自分を見つめ直そうと思う。


―――良い事だな。そうすれば今日、二人の善人を見捨てたのを忘れないで済む。

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